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適当広場

のんびり適当にがモットーです。多分

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あの想いと共に 第80話  

あの想いと共に 


第80話



受け取った手紙を、恐る恐る開いて。内容に目を通していく。

「私も見ても?」

「いいよ。どの道、隠せないからな」

「では」

関羽も武器を砥ぐ手を止めて、朱里の後ろに回る。

すると……二人とも、反応こそ違えど、予想していなかったという表情を作った。

朱里は少しずつ眉を寄せて、何やら思案顔に。

関羽は目を見開いて、露骨に驚きを露にしている。

「北郷殿、これは?」

「何だと思う?」

「仲違いの画策ですか? いや、でも……そんなの、すぐにバレる」

手紙から一切目を離さず、ひたすらに何度も文章を読み込んでいるのか、視線が同じ動きを繰り返している朱里。

「むしろ、この場合。逆に仲直りの切っ掛けを与えたことにもなるよな」

「うーん……」

「敵が増えた、という認識は間違っていないのでしょうね。それとも、敵だと分かっていた何かが明確に動き出したのか……どちらでも構いませんが」

関羽は関係あるが、自分のやることは変わらないという風に、また俺の隣に座り込んで武器の手入れを始める。

「興味なさそうだな」

「この場に居る四人が、まだ誰も怪我をせずに生き残っているので。誰かが居ないとか、傷を負ったとなると、考えも変わりますが」

「だろうね」

思った通りで。

問題は朱里なのだが。

「…………」

黙ったまま、何も言わない。


――と、思ったらだ。



「これ、拾ったんじゃなくて、誰かに渡されたんですよね?」



そう、問いかけてくる。

「どうして、そう思う?」

「渡してきたのは、荀彧さん……ですね」

「同じ言葉が返せるな」

「むぅ……えっと」

意地悪な態度だ――なんて、思っているかもしれない。少し口が尖っている。

それでも、少し間を置いて考えをまとめながら、

「まず、定軍山の話ですけど。わたしは知っていますが……他には?」

「さぁな。俺は軍議にも参加してない鼻つまみ者だよ。風は知らなかったみたいだが」

「とするなら、知っているのは荀彧さんか郭嘉さんということになりますね。程昱さんが明確に、こんな嫌がらせをする理由は思い当たりませんし、ある程度程昱さんに執着を持っている郭嘉さんが行動を起こすというのなら、わたしを使わずにまずは曹操さんに進言しにいくはず」

涼州での言い合いと、魏での情報収集で、朱里は稟のことをそう捉えているのか。

「郭嘉だって、俺を疎ましく思っているはずだけど?」

「そうですけど、現状は真っ向から一刀さまと荀彧さんは対立して殴り合いをしているでしょう? そこに割って入ると荀彧さんの癇に触れるかもしれませんし、程昱さんは理解をして一刀さまの手助けをしている。それを邪魔するとなると、今度は程昱さんとも対立が表面化してしまう可能性がある」

「急に二重苦を背負いかねないってことか」

「無駄な危険を背負うぐらいなら、曹操さんを通した方が早いし分かりやすく、何より絶対的な守護が得られたも同然です。でも……現状、そこまでして郭嘉さんが動かなきゃならない理由もないのかなって」

「俺と桂花が対立しているからか。決着が着くか、もしくはどちらも疲弊したところを狙うか……」

「その方がやりやすいでしょうね。罠も策も仕込みやすいし、人知れず曹操さんからの許可を貰っていたらもう万全です。だからこそ、この手紙は郭嘉さんではあり得ない」

朱里は手紙をなぞりながら、

「軍師より先に武官だけが策の内容を知らされているってことはないでしょうし……なら、自ずと絞り込まれます。問題は、どうしてこんなものを用意したのかってことですけど……」

チラッと俺を見てきて。

俺が黙って目を合わせていると、更に渋い顔をする。

「……バレてたってこと……ですか?」

「首輪をしっかりつけておけって吐き捨てられたよ。だから、朱里の手紙は陳留から出てないと思っていい」

「なるほど……」

手紙を丁寧に折り畳んで、俺に渡してきて。

「困る内容は?」

「書いてないです。あくまでこういった手紙を寄越さないようにってことと、元気だから大丈夫ってことだけ……一刀さま同様、バレているとは思ってませんでしたが、運び屋の人が無事蜀に辿り着ける確証があるわけでもないですし」

「事故も事件も起きやすい世の中だからな」

そこら辺はさすがに、徹底しているか。

「ただ……荀彧さんは、どういう意図があってこの手紙を作ったんでしょう? これだと……」

「朱里に敵意を向けられることになりかねないな」

「そうですよねー……ん?」

きょとん、とした顔で俺を見つめたままでいたが。

「…………それが理由になるってこと、考えられます?」

やはり、俺達が行き着いた可能性に、朱里も辿り着いたようだ。

「どれが答えかは分からない。本人に聞いて見ないことにはな」

「そ、それはそうですけどっ」

否定しない俺に、さすがに朱里が焦った様子を見せる。

「敵を増やしてどうするんですかっ?」

「潰すなら纏めた方が早いし、気持ちいいじゃないか」

「纏めてって……! でも、手間も障害も増えて…………――――」

ふと。


何か思い当たったのか。



朱里の目が、僅かに細められた。



「どうした?」

場の温度が、分かりやすく下がったのを感じる。関羽や華佗も手を止めて、目端に朱里の姿を置いていた。

「……手間や障害が増えても、わたしと一刀さまの連携を潰せるって思ってるんですよね」

「最終的に勝てると思っているのは、間違いないな」

「どのような形になっても、最後に立っているのは自分……ということですか」


朱里の口角が――――分かりやすく、そして。



実に見慣れた形に歪んで、上がる。



今の朱里の顔は――――まるで、俺と敵対している時にしていたそれと、全く同じだ。



「――――舐められているってことですよね」



「お前がそういう感情を覚えることまで、向こうは計算の上かもしれないぞ」

「そうでしょうね……じゃあ、全部乗ってあげようかな」

だが、すぐに表情は元に戻って、いつもの愛らしい笑顔に戻った。


――――が、




「どうせ、すぐに潰せる状況にはしてあるんだし」



「なに…………?」



…………それは、さすがに看過出来ない言葉だった。



「魏の弱点なんて、もうとっくに掴んでますよ。一刀さまの制約が無かったら、大丈夫そうなところまで国力も兵力も削いでいるんですけどね」

華佗の目尻が少し下がり、関羽は目を瞑って我関せず。二人とも思うところはあるようだが、発言をする気はないようで。

「物騒と言えるぐらい強気だな」

会話はそのまま、俺と朱里だけで進行していく。

朱里はゆっくりと辺りを見回しながら、

「外から見ての弱点と、中から見ての弱点って全然違いますから。よく隠して、よく誤魔化して、必死に取り繕ってはいるけど……どこにだって綻びはあるし、その綻びを使って一発で瓦解させる方法は必ずある。そこまで分かったんですし、後は、一刀さまを救うこと……それが間に合うかどうかです。間に合った段階で、魏は滅び、戦力の大半は蜀に流れ、天下は蜀が平定して決まります」

嘘……ではないようだ。こんな嘘をつく理由も無いだろうし、何より朱里の表情には自信が満ち溢れている。

ふむ……連れてきたこと自体は俺の延命措置だが、逆に魏の寿命が俺の想定よりも圧倒的に早く削れていっている気がするな。

朱里が何をどう見て、魏の弱点となるものを見つけ出したのか、知りたいところだが……。

そう、俺が紡ぐ言葉を捜していると。

「さすがに内容までは話せませんけど、わたしが分かる程度には魏にも穴があるって話しておいた方がいいかなって。これからは、聞かれたことに答えるのは勿論ですけど、ギリギリまでわたしが知っていること、感じたことは先にわたしのから話しておこうと思います」

朱里が分かる程度って、常人にはまず分からないどころか気付きもしないことだと思うけどね。

「じゃあ、今までは隠し事をするつもりだった、と」

「同じことの繰り返しですよ。意地というか、譲れない部分は絶対に譲らないつもりでいました。そこを折ったら、負けかなって……勝ち負けで動いている訳じゃないのに」

朱里が俺の目の前で指を組み、

「でも……もう、それじゃダメです。一番ダメなところを見られちゃったし……一つのズレで、今まで築き上げてきたもの全てが消えてしまう。桃香さまにも、ご迷惑が掛かってしまう。それだけは、絶対にやっちゃいけないことです」

「そうは言うがな」

今日の昼間の行動は、それだけのリスクがあったはずじゃないか?

こうして朱里が懇願するように俺を見上げてきて懺悔をする姿を見ていると、そのリスクは当然頭の中にあったはず。


なのに何故、動いたのか……?


…………カマを掛けてみるか。

「バレないって、何故思った?」

「えっ?」

「気配を消す術に長けている訳じゃないだろうし、間諜のように追ってくる気配全てに気付ける自信でもあったのか?」

「……誰が追ってくるかを見分ける自信は、ありました」

「お前が今、どれだけ注目されているかは分かっているだろう。その自信故の結果は、かなりお粗末なものじゃないか」

「それは……そうですね」

「結果だけを見てみろ。俺には後を付けられ、肝心の手紙は握り潰されている。こんなお粗末な結果を予想出来なかったっていうのか?」

「…………すみません」

俯いて、ただ謝るだけで。

本当に、それだけだという雰囲気を出している。

「……怪しいって、思ってるんですよね、一刀さまは。わたしらしくない不手際だって」

「率直に言うならな」

「ん……でも、本当に……慌てていたっていうだけで……」



慌てていただけ。



理由は――――桃香に迷惑が掛からないように。



分かる……理由は、分かるんだが。

弱い気がするんだよな、それだけだと。



「…………もしくは」



俺が呟くと、朱里が顔を上げて、



「桃香以外に、慌てる理由でもあったのか――――」



「ッ――――」



朱里が、言葉を失うのが分かった。

顔には出していない。身体を震わせてもいない。

ただ……朱里が持つ、独特の空気が、淀んだのが伝わってくるのだ。

「……ふむ」


頭の中を巡る、一つのワード。



俺は立ち上がって朱里に近付き、耳元でそっと……こう、呟いた。




「――――忘れると思ったのか?」




「ッ――、一刀さまっ!!」




ドンッ! と俺を突き放して、距離を取る朱里。

「っとと」

「……朱里?」

俺がよろけたのを見て、関羽が少し低い声を出した。俺に害を為すな、と言いたげだ。

「あ……その、ちが、わたしは…………」

少しずつ、表情が青く、優れなくなっていく。先程強気に魏を潰す、なんて言っていた奴の顔とは思えない。

「全部が終わってから、俺に報告するつもりは……まぁ、無かったんだよな。そういった言い分だと」

「…………はい。だから、これからは……」


やはり、というのもなんだが。



朱里は“忘れる”ことを恐れていたか。



読んだ本の内容……華佗の言っていた、食事の件も含めて。



「俺や華佗が知っている以外には?」


「…………三つ、ほど…………」



すらっと言われたが――三つも?


俺の顔には驚きが出ていただろう。華佗も、顔を上げたほどだ。

関羽だけは我関せずで、武器の刃を月明かりに照らしているが。



「じゃあ、合わせて四つか五つか……そして、次にいつ起きるかは分からない」

「っ…………」


朱里が涙目になりながら、こちらを睨んでくる。これ以上、他人が居る前で話さないでくれ、と訴えかけるように。

俺だって、核心を言葉にするつもりはない。しかし、だ。


自分が知ったことを、自分が知らない内に忘れてしまう――怖い話だよな。


数年前の出来事が頭の中で風化した……とかならともかく、最近の出来事なんだよな、朱里の場合。

それが重要な書類を出すことだったら目も当てられないし、就職の面接に行く日……なんてことになったら、人生が変わってしまう。

だから、まずは全てを早急に終わらせなければ、なんて思考が働いたのか? 

俺に報告するつもりは無かったみたいだが、仮にしようと思っていても、まずは全てを終わらせてから行動する。分からない話ではないが。


「しかし……」


息を少し吐きながら言って――――ふと、言葉を紡ごうとした時だ。


…………少し、待て。


忘れてしまう、その可能性が怖くての行動…………と、するならば。



「…………あぁ」




――――少々、面白いことが出来るんじゃなかろうか?



「ふふっ」




思い付きが頭を巡る。



「か、一刀さま……?」

嫌な予感を察したのか、朱里が後退りするが。

「そうかそうか。おかしいとは思っていたが……」

頭をかきあげる……なんて演技をしながら、俺はそっと近付いて、再び耳元で悪魔の囁きを行う。

「前に頼んでいた、仙術の本の件だが……あれも、いつまで経っても話をしてこないな?」

「えっ…………」

思った通りに、朱里の動きが固まる。

「堂々と俺の膝を枕にするぐらいの余裕があるんだから、今日の夜にでもと思っていたんだが……今にして思えば、そんな素振りもない。どうしたんだ?」

「……あ…………わ、たし……」



俺の口端が――獲物に食らいつく、獣のように上がった――そんな自覚を覚えて。



「じゃあ、六つだな」



「――――――――」



朱里の身体から、力が抜けるようにして、すとんとその場にへたり込む。


「やれやれ」


俺は口に笑みを貼り付けたまま、朱里に背中を向けた。



だが――――勿論、嘘だ。そんな本は存在しない。



しかし、朱里はこの嘘を確認する術がない。

むしろ、本当だと思う他ないだろう。決定的に大事な情報が抜け落ちたのに気付いてから、既に四つも同じ症状が増えて。歯止めがもうきいていない。



だからこそ――この後に繋げる言葉によって、朱里はより躍起になり、俺の言葉に従うようになるだろう。

今までは一度の会話だけで済ませ、確認なんて行なってはいなかったが……。


「今後は、常に俺に話をつけに来い」


「えっ……」


意外、という感情をそのままに口にする朱里に、俺は振り返って。

「必要だろ? 自分だけじゃ限界がある。なら、より密接に手を取り合うしかない」

「あ……えっ? で、でも、わたし……こんな感じで……これじゃ、何のために――」

「裏を返せば、それだけ危険視されているということにもなる」

放心状態になりつつあるのか、危ないことを口走りそうになったので、朱里の言葉を遮って進める。

「時間は限られているが、余裕がないと焦る程でもない。毎朝決まった時間に確認を取れば、未然に失敗も防げるだろ」

「っ……て、手伝ってくれる……ん、ですか? だって、一刀さまの目的は……」

「俺と華佗は、俺達に現れている症状の重さをよく理解している。そんな俺らから見れば、お前らは自分の症状を軽視しているよ。当事者であり、被害者であり、加害者でもある。全ての側面に触れているって自覚が薄くてしょうがない」

「……自分から敵対宣言をしたではありませんか」

敵対宣言したのに、協力をするという俺の意見に、関羽が異を唱えてくるが。

「かといって、全てを一人で背負い込めと突き放した訳じゃない。俺は俺が有利になるようにしか、情報を操作していないと耳にタコが出来るぐらい言っているが。その結果、お前らが俺をどういう立ち位置で見ているかは分かっているつもりだけど……協力をしない、と言った覚えもない」

「その協力から、私の邪魔をする場合もある」

「選り好みを忘れちゃいけないってことだな」

「…………でも、わたしはそういうことを言っていられる状況じゃない」

朱里の声が、風に乗るように俺の耳に届く。

「一刀さまに、そういう風に見てほしくなかったんです」

弱々しい言葉だが、流暢に、淀みなく紡がれる。

「だから……すぐに手紙を渡して、無かったことにしようと思いました。でも、愛紗さんにも同じような手紙が来ていたんですし……変わらないですよね、わたしだけ焦ったって」

「全ての可能性を考慮出来なかったっていうのは、よっぽどだな」

「後付けなら、幾らでも理由をつけれますけれど。とりあえず、わたしの分だけ処理をして……愛紗さんが何かしら行動に移すようなら、わたしは関係ありませんし。わたしに話を持ちかけてくるなら、それはそれ。協力しますが……」

「そういった思考を巡らせる前に……私の存在を頭の中に描けないぐらいの問題が、朱里にはあるのだな」

「…………はい。だから、焦っていたっていうことですね」

「……そうか」

武器の手入れが終わったのか、一振りして音を確かめると、関羽は足を伸ばして交差させて一息吐く。

「いいさ。どの道、俺ら全員に問題はある。今回は今までとは少し面倒な部分もあったが、今まで通りにこなしていくしかないな」

「これだけの騒動を起こしておいて、最終的なまとめがそれですか」

嘆息して、関羽が言う。

「異常があれば、すぐに報告しろってことだよ。今まで以上に仲良くなれたんだから、良かったじゃないか」

「うぅ……」

「どの口が……」

朱里は困惑さを露にしていて、関羽は憎々しげに言葉を口にする。

「で、ですけどっ」

まだ言いたいことがあるようで、朱里が手を上げる。

「ん?」

「荀彧さんは、どうするんですか? わたしが手を打ってもいいですが……」

桂花ねぇ……。

まぁ、それは風と同じような物言いになるか。

「桂花に関しては、放置していいよ。明確に手を出してきたら、叩いていい。あいつは限りなく黒いが、これが桂花が書いたっていう証拠があるわけでもない」

「だ、だけどそれじゃっ」

「やりたいようにやらせておけ。油断や慢心がある訳じゃないが……桂花と直接相対するのは俺だろうし、出来るのも恐らく俺だけだ。ここは魏の中心部……その有利を、あいつは全力で利用してくる。新参のお前らじゃ、どう足掻いても絡め取られるだけだろうさ」

「それは……そうかもしれませんけど」

納得いかない、というように朱里が俺を見てきて。

だが、次に口を出したのは俺ではなかった。

「北郷殿の言い様に間違いはない。私と朱里、双方に明確な敵対姿勢を取られたら、手加減は出来ないからな。殺すつもりでいくし……だが、仮にも曹操が私達を認めて置いているのだ。向こうは殺すぐらいの手を軽々とは使えない」

よく分かってらっしゃる。

「命の奪い合いをするのは最後だよ。もし俺だけで手に負えなくなってきたら、二人の手も借りるさ」

「…………そう、ですか」

不満たらたらだが、朱里は立ち上がって埃を払うと、

「なんか、いっぱい情報が出てきたので整理してきます。だから……明朝に一刀さまのお部屋に行きますね」

「待ってるよ」

「いえ……」

朱里も分かりやすく嘆息して、俺に背を向けた。

それに倣うように、関羽も動き出す。

「行くの?」

「有意義なものは、もうここには無いでしょう。それと……」

「ん?」

「私が言うことでもありませんが……朱里のこと、よろしくお願いします」

「あぁ、勿論」

関羽は朱里の悩みを知らないからな。今日の会話である程度憶測は立てられるだろうが……その域を出ないんじゃ、意味がない。

「では」とだけ言って、関羽も去っていく。



二人がいなくなって、最初の二人だけがこの場に残って。



「あんな内容でよかったのか?」

と、華佗に言われる。

「何が?」

「荀彧だよ。手に負えなくなったら、殺し合いになりそうだったら、なんていうが」

「もうなってるだろって?」

確かに、それはそうだ。

まだ距離感ってのを、蜀から来たばかりの二人は分かってないだろう。

さっきはあんな言い方をして煙に巻いたが、実際はお互いの命の取り合いになっている。それが立場であれ、力であれ、命という単語そのままであれ。

「既に、取り返しのつかないところに来ているんじゃないか?」



取り返し……取り返し、か。



桂花がどう動いてくるかは分からない。



だがもし、知っていてはならないようなことを、決定的に知っていた場合…………。




「かもね。でも、だからこそあの二人には余計なことをさせる訳にはいかないんだ」

予定外、予想外……あの二人の力は無限に近い。桂花が何をしてくるのか分からない内からプランを組んで、その結果、二人の力の大きさに振り回されたら……。

「一刀にとって、自分達という存在は殺したくないが、邪魔になりすぎたら殺される。それが、他にも……魏の連中にも適用されている。あの二人は、そう思っているのかな?」

「桂花は魏の大事な力だ。それを削ぎたくはない……そう思うのが当たり前だろうし、あの二人も分かっているさ。ただ、もし決定的な亀裂を入れられたら……」

「そんな傷、負わされると思っているのか? 一応は、何も知らない、教えてもいないんだろう? 荀彧には」

「ほんと、一応だよ。でも……迂闊な発言が多かったのは認めるし、それをどうやって絡めてくるかは分からない」

「何かを知っていたとしてもだ。あいつは例のアレを一切纏ってなかったぞ。遠目から見て確認したし、間違いない」

「うーん……そこだけで判断するなら、桂花は俺のことを何も知らないってことになるね……」

俺は華佗の隣に立って、再び町を見下ろす。もう、町の光は殆ど沈み込んでおり、浮かぶ明かりは兵士が持つ松明ばかりだ。

「……必要になったら、どうするんだ? 手を下すともなれば、朱里や愛紗も手を貸すと言うだろうが」

「…………」

俺はそれには答えず、自室に戻ろうと移動を開始する。

「一刀?」

華佗も鍼をまとめて立ち上がり、俺に着いてきた。

「桂花については、俺に任せてくれればいい」

「…………そうか」

俺が答えたくない――というのを察したのか、華佗はそれ以上の追及はしてこなかった。



桂花が、もし、知ってはならないことを知っていたら。



その時の、俺の行動は…………。





     ◆  ◆  ◆





それから、数日。

まだ、華琳に動きはなく、俺は殊更暇を持て余していた。

「暇だなぁ……」

見上げれば、太陽は空の上。

とっくに昼時で、今日も一日恙無く終わるのかと思うと、なんとも怠惰な生活をしているのかと思う。

かといっても、やることはやはり無くて。朝に朱里はやってきたが。

時期的にはそろそろ、秋蘭が定軍山に向かう時期だったはずだ。でも、華琳にそれといった動きはないし……。

「ほほぅ。真面目に働いているようではないか」

「ん?」

ぼんやりと考え事をしていたら、近付いてきていた奴らに気付かなかった。

前方から、歩いてきた人物が三人ほど。

「やっほー。兄ちゃーん」

「三人とも。どうしたんだ?」

視界に入ったのは、春蘭、秋蘭、季衣の三人だった。

「あぁ。皆で昼を食べに来ていたのだ」

「そっか。もうそんな時間なのか……」

そりゃあ、太陽は真上なんだから、昼食時なんだろう。

かといって、空腹感を覚えてない俺としては、なんとも微妙で……最近、風からは「細くなりましたね」なんて言われたぐらいだ。

「それにしても、なんか美味しいものを食べてきた感じだな」

「うん! 美味しかったよー! はむっ」

そう言いながらも、季衣はまだ饅頭を頬張ってるし……。

「ふっ。大したものではない」

余程美味かったのか、それだけを言って自信満々。言いたくはないって顔だ。

「そっか。それは良かった。じゃあ、俺はもう行くよ」

「む……ま、まぁ待て! わたし達が食べたものは、とても美味かったのだ!」

「うん……良かったじゃん。やっぱ、美味しいもの食べると元気が出るよな」

「そうだな!」

笑顔で嬉しそうな春蘭。

「じゃ、俺は行くから」

「うぬっ……う、美味かったのだぞ!」

「…………はぁ」

季衣は俺と春蘭のやり取りがよく分からないのか、頭の上に?マークを浮かべていて。

秋蘭はただニヒルに笑うだけ。楽しんでるな、こいつ。

「何食べたんだよ?」

「ふふん、美味かったのだ!」

「…………」

あー…………これ、確か春蘭が何も覚えてなかったやつじゃなかったか……?

「季衣、何食べたの?」

「わたしに聞かんのか!」

「なら、何食べたの」

「だから、美味かったと!」

「えっとね。酢豚と、肉団子に甘いあんを掛けたのと、春巻き!」

「そう、それだ!」

「…………」

「な、何だ。その目は」

「…………別に。結構いいもの食べてるね」

「後、食後に杏仁豆腐と果物も食べたな」

「そりゃあ、豪勢だ」

腹が減っていたら、普通に食べたくなるフルコースだな。

「で、季衣はその後に饅頭って訳か……」

「うん。ちょっと足りないかなぁ……って感じだったから。兄ちゃんも食べる?」

「いや、やめとくよ」

春蘭の謎の睨みがきいている。ここで貰ったら、何て言われるやら。

「お腹空いてたら、戦えないよ? 平気?」

「大丈夫だよ。実は、もう食べたんだ。これ以上食べると、逆に動きが鈍くなりそうだからさ」

「へぇ。そっかぁ……」

俺の笑顔の嘘を、季衣はそのまま受け入れてくれる。ちょっと罪悪感があるが……どうしようもない。

「そういや、兄ちゃん。最近、兄ちゃんと一緒にご飯食べてないよね」

そのままスルーしてくれればいいのに、余計なことを言う季衣。

「まぁ……言い難いけど、俺は今ぜーんぶ休みだからさ。好きに食べて、好きに寝てっていう生活しているから。自由だよ、ほんとに」

「うーん、そうなんだ……あ、じゃあさ! 暇なら今日の夜、一緒にご飯食べようよ! お仕事終わったら兄ちゃんの部屋まで行くから!」

「あー……」

ほとほと面倒な流れに。

「ごめんな。今日は先約があってさ。また今度、お願いするよ」

「う……そっかぁ、残念」

「貴様! 季衣がお願いしているのに、それを断るとは!」

「そう言われても……」

無茶苦茶なタイミングで怒るな、春蘭は。

「今度、適当なところで埋め合わせをするよ。せっかくだし、季衣のオススメのところを――」

「適当なところとはなんだ貴様ぁ!」

「お前さ、単語だけ拾って反応するのやめろって……」



「ひったくりだぁっ!」




「む!」

「北郷!」

「兄ちゃん!」

「……まったく」

さすがは曹魏の将軍とも言うべきか。

三人とも、さっきまでのまったりムードとは一転、真剣な表情で走り出した。

この身体で走るのは堪えるが、さすがに手を抜くわけにもいかないし、俺も全力で駆け出す。

「っ!」

「いたぞ、北郷!」

明らかに挙動不審な男は、春蘭の声に気付いた瞬間、家と家の間の細道へと姿を消した。

確か、ここの裏道って、出口は一箇所だよな。



いや……でもこれは、前の世界で…………。



「よし、挟み撃ちだ! 北郷と季衣は反対側から追い詰めろ! わたしと秋蘭はこのままいく!」

「了解だ、姉者!」

「兄ちゃん!」

「…………あぁ、了解」

これ、でも逃げられるんだよな、ここだと。

「くそっ! 間に合わなかったか!」

春蘭が悔しそうに叫ぶ。

路地を飛び出した背中が飛び込んだのは、別の路地だ。こいつ、土地勘と足には自信がある奴だったんだよな。

「やれやれ」

秋蘭と春蘭は、そのまま相手を正攻法で追うようだ。

逆に季衣は、別の路地駆け込んで行った。その行動も、前の世界で見た通りだ。

「でも、今は……」

自分で仕事をやってないとはいえ、風の仕事に目を通すことは多い。

今、ここいら一帯は空き家や新装開店のために店を閉めている家屋が多かったはずだ。


つまり、そこは無人なことが多いって訳で……。



「…………行くか」


一息吐いて、俺は季衣とも別の路地に入り込んだ。


奴が巡っていくルートは覚えている。結構衝撃的なイベントだったし、これによって警邏のやり方も変わり、引ったくりもより簡単に先回りして捕まえられるようになった。

迷路みたいな路地ってのは、不便だけど便利でもある。敢えてここに誘い込んで、犯人を捕まえたりしたこともあった。

土地勘という意味で言えば、俺も余り変わらない。魏にいなかった時間も多くて、ブランクというようなものもあるが……。

「ここと……ここ……」

人気がない、無人なのを確認してから家屋の玄関を抜けて、窓から次の路地に抜けて。

ひたすらにショートカットを繰り返して、細い路地の曲がり角で止まる。

そこから……


…………タッタッタッタッタッ!


走ってくる音が聞こえてくる。

少しだけ顔を覗かせると…………あぁ、うん。先回り成功だ。



俺は、足だけを出してそいつの足に引っ掛けて、



「うおおおぉっ!?」



別の路地に出る前に、盛大に吹っ飛んで転んで、壁に背中から激突。

俺はそこに、容赦なく蹴りを腹にくれてやった。

「おごっ!!」

嗚咽と息を同時に吐き出して、ひったくりは気を失う。

「…………こんなもんか」

俺は転がった包みを拾って……水晶麺だっけ? 無事みたいで、何よりだ。

以前は更に大通りに出てから、スラム街にまで逃げ込まれたからな。ギリギリのところで季衣が捕まえてくれたけど。

「あ、あれ、兄ちゃん!?」

「来たか」

俺を視界に捉えた季衣が、俺の目の前で急ブレーキを掛ける。

「ど、どうして? ボク、頑張って急いで来たのに……」

「季衣が色んな道を知っているように、俺も変わった道を知っているってだけだよ」

ぽん、と奪われたものを季衣に渡して、壁で気絶しているひったくりを指差す。

「あいつだから。後は頼むな」

「え、で、でも兄ちゃん!」

「俺は非番だからさ。あんまり目立つと、まずいだろ?」

手を上げて、さっさと元の路地へと戻っていく。

その途中、春蘭と秋蘭が来て。

「ほ、北郷?」

「おい北郷! ひったくりはどうなった!」

「向こうに季衣と、寝ているひったくりが居るよ。今、俺が注目されるのは良くないだろ? 後は任せた」

「お、おい、北郷!」

「……姉者、まずは季衣のところにいくぞ」

「う……うん? あ、あぁ、分かった!」

言われて、さっさと走り出す春蘭。

「すまんな、世話を掛けた」

そう言いつつ、説明を求めている顔だ。

「空き家の中を通ってきただけだよ。風が担当している書類を見て、場所が分かっていたってだけ」

「……かといっても、ひったくりが逃げる方向は分かるまい? どうして先回りが出来た?」

「…………春蘭、大分叫んでいたと思うけど?」

あぁ……と、納得する秋蘭。

「姉者の馬鹿騒ぎも、たまには役に立つということだな」

「嬉しそうに言うなよ。じゃあ、後は頼む」

「すまなかったな、非番なのに」

「良くあることだって思っておくさ」

そこで会話を切り上げて、俺は元の路地に戻ってきた。



「……………………ふぅっ」




少し、重めに息を吐く。

今のは危なかった。春蘭が叫んでいたから良かったものの、もし黙って走っていたらと思うと……さすがに博打過ぎたな。

秋蘭としては何気なく聞いてきたのかも知れないけど……少し、迂闊だったか。

まぁ、何とかなったんだし、今はこの場から離れよう。





     ◆  ◆  ◆





「ご無事で、何よりでした……」

「うん、心配かけちゃったね。すぐに来られたら良かったんだけど」

俺は以前、華琳と一緒に来た町外れの喫茶店に来ていた。

「今日は、お一人ですか?」

長い黒髪の、見目麗しい美人と言えばいいのか。落ち着いた雰囲気の女店主は、苦笑しつつそう聞いてくる。

「うん……少し考え事をね。やることが少ないはずなのに多くて、困ってるんだ」

「そうでしたか……」

コトッ……と、お茶を置いて。

「ご注文がありましたら、お呼びください」

「うん、ありがとう」

そう言って、笑顔で奥に戻っていく。

この店、オープンカフェみたいな感じだけど……相変わらず人は少ない。

昼過ぎだし、よくあるおやつ時には人が来るのは知っているが、飯の時間帯には人が殆どいないんだよな……今もそうだし。

おかげで、ゆっくり静かに考えられるんだけど。



「…………ふぅ」




息を吐いて、問題点を洗い出す。

朱里や関羽は、現状維持で良いだろう。朱里はかなり問題のある身体をしているけど……だからといって、俺がどうこう出来る訳でもない。

今朝来た時も、やはり体調はよろしくなさそうだった。身体は元気だが、精神が病んでいるというような。今はそれでも気丈に振舞っている方だけど……もう一つ壁が壊れたら、俺に対する依存度が大きくなるだろう。

それはそれでありかもしれないが……朱里に時間を取られすぎるのも困るな。後、そろそろまとめて朱里が調べたことを報告してもらわないとならない。今日は何を覚えているかっていう報告だけだったから。

でも、朱里の身体の解決策ねぇ……? 地和に見せれば、まだなんとかなるかな……? 確か、俺の身体のことも調べてくれているはずだったし、ついでってのもなんだが朱里の話も今度しておくか。

関羽は現状、おかしな動きもないし進展はないと風が言っていた。俺が華琳の動きを気にして動けない以上、その話を信じるしかないだろう。


こちら側の問題はそれでいいとして……あちら側としての問題は、桂花か。


華佗には話を濁したが……どうするかなぁ。

邪魔ならば殺してもいい……と思いはするが、桂花は魏の貴重な戦力。それも中枢の人物だ。

殺せば反動も大きいだろうし……何より、華琳のこともある。

秋蘭は救って、桂花は逆に殺す……? 最悪のケースはそうせざるを得ないだろうが……。

「うーん……」


そう、俺が無意識ともいえる唸りを上げた時だ。



「何を考えているの?」



一瞬、身体に活力が宿ったような気がした。

「…………色々、かな」

しかし、驚きも多分にあって。

俺は努めて平静な声を出して、振り返る。

「そう。せっかく休暇を与えているのだから、楽しめば良いのに」

そんなことを言いながら、俺の対面に座ったのは、当然――――、

「……ここで会うなんてね、華琳」



まさかの、華琳だった。




「えぇ。あなたに連れ出されて……二度目かしら。ここでこうして話すのは」

「そうなるのかな」

華琳は何やら手に書類を持っていて、それをテーブルの上に置いた。

「……あら」

客の気配を感じて出てきた女店主が、驚きの声を上げる。

「これは……曹操さま。お久しぶりでございます」

「久方ぶりね。元気そうで何よりだわ」

「曹操さまも……」

そう言って、華琳の前にお茶を置いて。

「ご注文がありましたら、お呼びください」

一礼して、去っていく。

「何も頼んでないの?」

「のんびり考えようと思って来たから。腹が空いたら、何か頼もうと思っていたよ」

ここで出される最初のお茶はサービスだ。元の世界でいう、水が出されるのと一緒。

でも、お茶だって結構な額がするし……今考えてみたら、こうして無料でお茶を出すってことは、この店儲かってるのかな……それも、自家製か?

ずずっと一啜りして……うん、良い具合の渋みで美味い。後味も悪くないし。

「ここのお茶は美味しいわね。一刀が足を運ぶのも分かるわ」

華琳も一口飲み、一息吐いてそう言う。

「良いところを見つけたよ。でも、お茶を飲みに来たって訳じゃないんだろ?」

「あら? せっかく二人きりなのに、そういう考え方しか出来ないわけ?」

「最初からそういう雰囲気で歩いていたら、勘違いもしたけど。今の華琳からは、仕事の空気しか読み取れないよ」



だから、油断が出来ない。



今この場で俺の前に現れたということは――――華琳にとって、次のステップに進むための状況が整ったということだからだ。



「美味しいお茶もあるし、話が弾みそうだわ。一刀の言う通り、仕事に分類されるから華はないのだけれど」

そう言って、テーブルの上を滑らせながら一枚の書類を俺に差し出してきた。


それを手に取り、見てみると…………――――、



「ッ!?」




『荊州にて、袁紹、文醜――――顔良の生存を確認。事を起こす動きはない様子。引き続き監視及び調査に当たる』





簡素に書かれた報告文の最後を締めくくられていたのは、これだった。



最近、とにかく動きを見せないと思っていたら…………。



「ねぇ、一刀」


俺は冷や汗を流しながら、苦笑しつつ華琳を見ると、



「……ん?」



頬杖をつく華琳は――――またとない、満面の笑みだ。




「一刀は――――顔良が生きているってこと、知ってた?」




さて――戻ってきてから初めての、針の筵だな。





続く


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