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適当広場

のんびり適当にがモットーです。多分

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あの想いと共に 第78話 前編 

あの想いと共に 


第78話 前編



秋蘭の手伝いをし、俺は夕食前に一度自室に戻った。

「おかえりーなさーい」

寝台で寝転がって居たのは、風だ。それに、

「よ」

「うん」

華佗も、椅子に座って本を読んでいたところを、顔を上げる。

すると――華佗がすぐに、眉間に皺を寄せた。

「…………ん? おい、一刀」

「なに?」

俺は仕事机に座って、風に話を切り出そうとしたんだが。

座ったところで――どうやら、気付かれたらしい。華佗が血相を変えて俺に近寄ってくる。

「お前――どうしたんだ!? 今日の昼に治療したばかりだろう!?」

すかさず赤い気膜を纏い、俺の治療に入る。

「…………ごめん。色々あってさ」

「色々ってな……!」

「それも含めて、話があるんだ」

華佗の鍼が、俺のこめかみに埋め込まれていく。風がそれを苦々しい顔で見ているが……、

「ちょうどいい。風」

俺は、例の手紙を机の上に置いた。

「んー? なんですか?」

「今の華佗の話にも繋がることだ。俺に何も言うことがないのなら、これを見てみろ。あるなら、先に言え」

「…………」

ぼんやりと気が抜けた顔をしていたが、俺の声音と態度で真面目な話だと察したんだろう。

起き上がって、机の前まで来て。華佗は俺の治療に専念してるのか、視線はこちらに向けているが黙ったまま。

「…………」

「…………」

数秒、俺と風の視線が絡み合ったが。

「ないです」

「そうか」



報告はない――――つまり、出し抜かれたのは確定、ということだ。



風は手を伸ばして、朱里の手紙を手にとって内容に目を通す。



少しずつその表情は険しくなり、一度露骨に驚いて、嘆息もして。



「……ごめんなさい」

と、一言。言い訳もなく謝ってきた。

「弁解もないのか」

「無いです。気付きもしませんでした」

「ということは、朱里のか? 程昱がやられたって?」

華佗もすぐにその可能性に至ったらしい。

「そうなるな」

俺は華佗に手を振って鍼から手を離させ、背もたれに体重を預け肘置きに腕を置いて、手に顔を乗せる。

「内容は?」

「どうぞ」

「あぁ」

華佗も同じように目を通して……。

「……あっさり裏切られているじゃないか」

驚きと失望が混じったような声の感想。

「その点については、俺も思うところが多い。でも、先に風に意見を聞いておきたくてな」

朱里の行動にしては雑さがあるっていうのと……桂花が渡してきたっていう部分にも引っ掛かりを覚えるし……。

「風にですか? 何にも知りませんよ?」

「これを見つけたのは俺じゃない。現場を見たのは確かだが、内容は聞き出せなかったんだ」

「でも、ここに証拠がありますけど」

「見つけたのは桂花だよ」

「っ……えと……んぅ?」

何か言おうとして、言葉に詰まって。

「荀彧が? ……それは少し、おかしいんじゃないか?」

華佗も違和感を覚えたらしく、口を挟んでくる。

「俺もそう思うんだ。だから、風に話を聞かなきゃならないって思って」

「桂花ちゃんが一番露骨に警戒しているのに、その桂花ちゃんが見つけてきて、そうでもないように思わせていた風が見抜けなかった。それを逆に考えたら、諸葛亮さんは風には気を使ったけど、桂花ちゃんはナメまくってたってことですよねー」

「桂花が聞いたらブチ切れそうだけど、そうなるんだ。朱里が、そんな失態をすると思うか?」

「んー……」

「桂花は俺、風も俺。どちらも俺と言う点を注視しているから、その分の枷が郭嘉に回っているはずだ。だから、忙殺気味の郭嘉が気付かなかったというのはしょうがないようにも思える」

「諸葛亮さんの迂闊さも気になりますけど……問題は、風と桂花ちゃんの差ですよね」

「どう思うんだ? 軍師としては。考えられること、幾つかあるだろ」

風が少し黙り込んで考え始める。

「……つまりなんだ。荀彧と朱里が共謀して、一刀をはめようとした……って可能性があるのか?」

風の思考を阻害しない程度の声量でそう言ってくる華佗。

「華佗もそういう風に思えたんだ?」

「あり得ないと思うが、そういう風に話しているじゃないか」

「そうなんだよね……あり得ないんだ」

「でも経緯だけ見たら、おかしいところだらけなんですよね。諸葛亮さんは、風にも桂花ちゃんにも、どっちにも同じぐらい気を付けているはずですし」

「じゃあ、お前だけが置いてけぼりを食らったってことでいいのか?」

「んー……最近の桂花ちゃんの行動を考えるとなー……うーむ、むむむむー……」

なんて言って、机の前で右往左往しながら唸り始めた。

「荀彧は政務以外で何をしているんだ?」

「お兄さんの周りを嗅ぎ回ってるみたいですよ。後、妖術とかそこらにも興味津々みたいですね」

「妖術……?」

あっさりとキーワードが増える。ていうか……。

「なんですか、その顔。ちゃんと牽制してますよ。同じ軍の軍師ですけど、喧嘩したり影で足の引っ張り合いなんて日常茶飯事ですもん。さすがに稟ちゃんとはやってないですけど、桂花ちゃんとは最近多いですね」

「報告は聞いてないが?」

「聞いてもお兄さんじゃ対応出来ないでしょうし、そこを気にしないように生活させるのが風の役目の一つですし。ただ……そうやって考えても、桂花ちゃんはお兄さんへのちょっかいは出しつつも、諸葛亮さんへの警戒も怠ってなかったんでしょうしね。怠ってないというか、本人も気付かない以上に仕込みをしていたというか」

「万全だったってことか」

「これは……ちょっと悔しいなー……やられっぱなしは性に合いません」

珍しく、風が少し怒気を発しながら言う。

……しかし、桂花が妖術ねぇ。気にしている節はあったけれども。

あの時、適当に蔵書を漁っているのを見られたのはやはり痛かったかな……とはいえ起こってしまったことだから、どうやってカバーするかが重要になってくるんだが。

「俺以外に怒っている暇もあったんだな」

まぁ、桂花への対策は後だ。今は話を続けないと。

「お兄さんとは別分野ですし。得意分野で舐められたら商売あがったりですよ、旦那」

「余計な茶々は入れなくていい。それで?」

他にも言わなければならないことがたくさんあるはずだ。

「諸葛亮さんに関しては、より気を付けます。その分、お兄さんの……じゃないや。華琳さまのお仕事の手伝いが出来なくなるしれません」

華琳の……本来の仕事か。さすがに、そこを疎かには出来ないな。

「それは構わないって簡単には言えないだろ。じゃあ、桂花への牽制は減らしていい。そこは俺自身が対応する」

「……出来るんですか?」

風に訝しげに睨まれるが。

「桂花の問題は、いずれ決着をつけなくちゃならない。こちらの手札はもう殆ど切っている。それに気付くか気付かないかの差でしかない。そうなると、身内の桂花よりも身中の虫になりつつある朱里の方が厄介だ」

「……お兄さんがそういうなら、風からは異論はないですけどねー」

珍しく目を少し吊り上げて、怒りの感情を出しながら風は会話を続ける。

「諸葛亮さんはそれでいいとして。問題は桂花ちゃんがどういう行動を取っていたかってことになりますよね」

「荀彧と朱里の共謀か?」

華佗が俺のこめかみに手を当てて、少し鍼の位置を調整する。中をいじられて、なんだか喉に来るというか、圧迫されるというか。良い感じはしない。

「間違いなくないと言えますねー。断言しますが、お兄さんを潰すためという理由があるにしたって、桂花ちゃんが敵将と組むなんていう、ある意味で華琳さまを裏切るようなことはしないです」

「だが、結果的にそう見えているぞ」

「……可能性だけを列挙するなら、どちらかがそういう風に見えるように場を調整したのかもしれません」

場を調整……か。

「例えば、朱里が桂花だけに隙を晒して……とか?」

「お兄さんの関心や注意力をぶれさせるという点では、悪い方法じゃないです。かなり早めの行動ですけど……」

「しかし、それだとこの手紙の内容はまずい。一刀はまだ曹操本人から定軍山の話を聞いたわけじゃないんだろう?」

「そうだね……」

なのに、朱里が定軍山のことを知っているというのはおかしいというよりまずい。

「いやでも、定軍山に限って言えば、俺が朱里に話したということには繋がらないんじゃないかな?」

「華琳さまがまだ誰にも言ってない可能性もありますからね。風はまだ聞いてません。桂花ちゃんだけは聞いているかもしれませんが」

「もしくは、朱里が能動的に動いた結果、そういう魏の動きの可能性があると察知して……なんて、桂花なら考えてくれるか?」

「……普通なら。ただ……桂花ちゃんが、どれぐらいお兄さんの内情を知っているかによりますね」

「だろうな」

前の世界や元の世界のこと。そのことに気付いているとは思えないが……官渡での一言は怪し過ぎたし。

桂花が定軍山のことを華琳から聞いていない場合、仮にこれからの予定に定軍山の視察というものが桂花の頭の中にあったとしても……この書き方は怪しいの一言に尽きる。

「一刀は、今日はどういう行動を取ったんだ? 一連の流れを知りたい」

「あ、うん」

少し間が空いたタイミングで、華佗から。この身体のこともあるだろうしな。

「今日は昼に二人と別れた後、凪と沙和。二人と一緒に昼食を取ったんだ。と言っても、二人が食べただけだったけどね」

「また沙和ちゃんに集られたんですか?」

「いつも通りだよ」

俺は苦笑しつつ、

「それから、紅桜のことを聞きに真桜のところへ。元々そのつもりで町に出たんだ。非番のようだったし、工房に行ったら居たから、そこで話をしてさ。終わって外に出たら、裏路地に入っていく朱里が見えたんだ」

「で、追った?」

「勿論。怪しすぎるだろ。でも……さすがに警戒が厳しくて、すぐに振り返られてさ。この分だと追跡は難しいって思ったんだ。俺は気配や足音を消す方法なんて知らないし」

「じゃあ、どうしたんですかー?」

華佗の表情に、少し力が入ったのが分かった。俺の言いたいことが伝わったんだろう。

「……華佗には悪いんだけど、俺の体調不良って奴を使わせてもらった」

「そんなことだろうと思ったよ。詳しく話してくれ」

「うん……俺が呉に居たときさ。周泰って子に言われたんだ。「あなたの存在は希薄すぎて、もう私しか追うことが出来ない」って。それぐらいに俺は死に掛けていた」

「死に掛けていたって……」

風に明言するのは初めてだったかもしれないな。怒りの表情から一転、驚きの表情で俺を見る。

「今の治療を受けている……原因になっている奴らさ。そいつらを感じて逃げることも出来るんだから、逆に取り込んで呉の時のように俺の存在を希薄出来ないのか? なんて考えた訳だ」

「一刀…………」

「華佗には怒られるだろうって思ったけどさ……今ここで朱里を逃すって選択肢は、俺の中にはなかった。加速度的に俺の身体は破滅に向かったけど、そのおかげか目論みは成功したよ。朱里どころか、今俺の傍を歩いていた町人ですら、俺の存在を把握することは出来なくなった」

「それで、お兄さんは諸葛亮さんの密会を目撃したんですか」

「そうだな。何か筒のようなものを渡していた。その町人はすぐに去って……俺は朱里に問い詰めたわけだ。すると、どうなったと思う?」

風の口角が、にやりと上がる。

「逃げられるでしょうね。迷惑を掛けるつもりじゃなかったし、大したことじゃないからって」

「全くその通りだ。見事に逃げられて……不愉快になった俺は、これからは自分の心配だけしてろって突き放した」

「そうなるでしょうねー……ただ……うーん」

朱里がまた考え込む姿勢を取る。人差し指を伸ばして、それを横に沿うように唇に当てて。

「気になるか?」

「結構。迂闊だなってのもありますけど……いや、諸葛亮さんがそれだけ実は隠密術に長けていたってのなら話は別なんですけどねー」

「見た目じゃ人は判断出来ないけどな……気になった部分は、それだけか?」

まさか、という風に首を振って、

「全部が自作自演の可能性もありますよね、諸葛亮さんの場合」

「「自作自演……?」」

俺と華佗の声が同時に響く。

「撹乱の意味も込めて、諸葛亮さんは桂花ちゃんに気付かせるように動いた。現状、筒の中身は疑いようもなくこれでしょう。お兄さんの行動を読んでいたとは思いませんが、誰かに見つかった方が良い……ぐらいに思っていたのかもしれません。じゃないと、さすがに時期尚早ですし、工房街から裏路地って、多分廃棄場所にでも行ったんですよね? 待ち合わせの場所としては分かりやすすぎるというか、安直というか……」

風が部屋の中を歩き回りながら、持論を展開していく。

「見つからなかったら、それまで。蜀に文が届いて万々歳。バレたらバレたで、桂花ちゃんがまた変な風に動くだろうし……いやでも、そもそも文を運ぼうとした人も蜀の人間か魏の人間かなんて分かりませんよね。桂花ちゃんにそこら辺の話を聞きたいですけどー……」

「何も話してくれないだろうな、今の俺らの関係上」

「ですよねー……部外者って感じがすんごい嫌ですなぁ」

どかっと寝台に座って、露骨に嘆息する。

「一番の奇妙な点はですよ。諸葛亮さんの行動が、あまりにも稚拙だってことです。だって、他ならぬお兄さんにバレちゃっている訳じゃないですか」

「当たり前だが、朱里は一刀に暗躍がバレるのを一番嫌うはずだよな。なら……あらゆる可能性を考慮して、一刀には見られないようにするはずだ」

「真桜が工房に居るって情報は事前に調べることが可能だ。なら……俺が真桜に会いに工房に行く可能性はすぐに浮かぶはず」

「それなら工房街を選択肢に選びませんよね。最善は、お兄さんの視野に入らないようにすること。後は誰に見られようが、適当な言い訳で済むわけですし、何よりお兄さんがまだ信じている状況です。何かあったらお兄さんからの援護が入って、それは華琳さまの援護にも少なからず繋がる。ここではそれ以上の加護なんてないですから」

「それを切ってでも、真っ先に動く理由があった……?」

「そう考えるのが妥当ですけど、でもそれなら…………」

風がまた黙って考え込んでしまう。

「……程昱が考えを纏めるまでに、俺からも一刀に言っておきたいことがある」

「お叱り?」

と言うや否や、ダン! と華佗は机に手を当てて音を上げた。

「当たり前だ! 自分の身体をなんだと思っているんだ、お前は!」

「うん……ごめん」

力無く笑うことしか出来ない。

華佗は渋い顔をしながら、俺のこめかみから鍼を抜く。些かいつもより乱暴だったように思える。

「これは異質な力だ。常人や常識では計り知れない、謎に満ちた悪意だ。それを使わなければならない必要性を感じるのはいいが……こういうのは、これっきりにしてくれ」

「……約束は出来ないよ」

「それでも、今だけでもしてくれ。じゃなきゃ、なんのために俺がここに居るんだ」

…………やるなら、目の届く範囲でやれってことか。

「分かった、約束する。これ以上華佗に変な心労は負わせないよ」

「…………お前は本当に、口約束ばかりだからな」

「ごめんって。それとも、今度華佗が見ている前で練習でもする? 何か新しい切っ掛けが生まれるかも――」

「一刀――俺を怒らせたいのか?」

「ははは……ごめん」

本気で怒りそうだから、これぐらいにしておこう。

華佗は音を立てて椅子に座って足を組む。

それが合図になったのか、沈黙していた風が顔を上げた。

「……お兄さん」

「ん?」




「定軍山って、なんですか?」




ちょっと間が空いたが――当たり前の質問が、飛び出てくる。

「どうせ答えられないんですよね。だから、それは良いんです。ただ、思い返してみてください。諸葛亮さんに、定軍山の話は……したんですよね?」

「……あぁ、したな」

「じゃあ、蜀の人達は定軍山に来る……もしくはもう居るんですね。そういう話は聞いてませんでしたけど……」

風が丁度、定軍山がある方角に目を向ける。さすがに鋭い。

「そろそろ新しい斥候を出す機会だろうなって思ってはいました。ただ……」

風が、能面のように無表情になって、俺を見る。



「それと被って、お兄さんに影響が生まれる形で、諸葛亮さんがわざとに動いてでも蜀に伝えておきたかった理由……そんなものが、あるとすれば」



鋭い部分を、風は指摘してくる。

その可能性は……余りにも俺の中には無かったことなんだが。

「諸葛亮さんが動いている理由は、今はお兄さんが第一のはずです。そのお兄さんの影響を減らすように動くのはあり得ない話じゃない。でもお兄さんがこうして憤っているということは、その可能性がないってことなんでしょうか? それとも……ただ、気付いてないだけですか?」

どうなの? と、風の両眼は俺の顔を映したままだ。

華佗も俺を見てくる。どう答えるんだ? と言わんばかりに。



風の問い……その問いに答えるとすれば、それは――――。



「朱里が、俺の影響を減らすように動いたという可能性は……ないと断言出来る」

そうだ、それはない。

話はしたからだ。定軍山で秋蘭が死ぬこと、それを捻じ曲げようとしていること、その結果、俺の最終的な結果が変えられるかもしれないということ。

「断言は出来る…………が」

ただ、とも付け加えられる。

「この際だ、話そう。風の言う通り、定軍山には蜀の伏兵がいる。訳あって、俺は自分自身がそこに向かいたいと思っている。華琳の口から、名指しで指名されてね」

「どうしてですか?」

「悪いが、話せない。話せない上で話すんだが……朱里はこの話を知っている。その上で、俺が何を成し遂げたいのかも知っている」

「……風は知らないのに」

拗ねたように言われるが、そこはスルーしつつ。

「だから、この点に関して俺の邪魔をするということはあり得ないはずなんだ。俺が定軍山に行き、今いるであろう蜀の伏兵と邂逅することは朱里にとっても良い話なんだから」

「でも、現実問題として悪いことをしていますよ」

「…………だからって言っただろ。困ってるんだよ」

それで、こうして密談をしている訳だし。

「…………ふむ。そっかそっか」

俺が息を詰まらせたように上を見上げた時、風は何かを納得したように立ち上がる。

「分かったのか?」

「さぁ? でも、可能性のすり潰しは出来たじゃないですか」

「すり潰し……?」

「ですです」

風が近寄ってきて、机を人差し指でトントンと叩く。華佗も手招きして呼び寄せて、三人で三角形に長方形の机を囲むことになった。

「まず第一はですよ。諸葛亮さんは、お兄さんを裏切る可能性がないってことです。それは合ってますよね?」

「あぁ」

すぐに頷く。じゃなきゃ、大好きな君主を裏切ってここまで来ないだろう。

「だとしたら、ですよ。この密書なるものは見つかっても構わなかったってことになりません? 見つかっても別に怒られるような内容じゃなかった……そう考えると、諸葛亮さんの態度には一応の納得が出来ます」

「隠れて渡すから密書だろう? 程昱も今自分で口にしただろ」

「大前提があるじゃないですか。それこそ、今風が口にしましたよ」



それって…………。



「つまり、この密書は本来なら“お兄さんが不利になるようなことが書いているはずがないもの”である必要がある。というのが、大前提を加味した上でのものになりますよね」

「それは……」

その通りだ。そうじゃなきゃ、筋が通らない。

「お兄さんに嫌われたくない、好きでいて欲しい。というか諸葛亮さん、お兄さんのことかなり好いてますしね。それらを考慮に踏まえても……」

「お、おいおい、待てよ。そういう意味で考えてしまったら、これ……」

俺と、華佗と、風と。


三人の視線が、机の上にある密書なるものに注がれて。



「これ……本当に、諸葛亮さんが書いたものですか?」



朱里の言葉に、僅かに背筋に寒気が走った。

「お兄さん、確認は取りました? お兄さんが突き放した時、諸葛亮さん、何か縋るような言葉は口にしませんでしたか?」

その三点で言えばだ。

「確認は取っていないし、朱里が書いたものかどうかは判別していない。縋るような言葉は……口に、していたな」

「なら、諸葛亮さんはお兄さんを裏切るつもりはなかったし、不利にするつもりも無かったはずです。そこだけを見れば、ですけど」

「しかし、まだ疑問は残ったままだろ。一刀に不利になる要素がないのなら、堂々として居れば良かったじゃないか。それこそ、一刀に頼んで蜀に文を送ってもらっても良かった」

「そこは、どうしても仮説になっちゃいますね。風や桂花ちゃんがどれ程自分を注視しているのか……それらを確認するためだったのかもしれませんが……」

「だとしたって、危険が多すぎるし旨味が無いな。こうして一刀に露見もしてしまった」

「そこが、この問題の大きな分岐路の一つですね。諸葛亮さんが何を考えて、文を用意して、あの場所で手渡したのか……」

俺も思考を巡らせ続けている。華佗の治療を受けたおかげもあってか、大分調子が良い。

「聞いて、まともに答えるとも思えないな」

「そうでしょうねー。答えられることなら、最初からお兄さんに話しています。ただ、お兄さんは分かりやすく諸葛亮さんを突き放したんですよね?」

「あぁ」

そこは間違いない。あの時は頭に血が上っていたし。

「やっぱりこんなことをしに来たんだな、とも思ったぐらいだ」

「ことを、というか、ことも、というか。それでですね、お兄さん。提案があるんですが」

「提案?」

にやにやと笑う風に嫌悪感が募るが、そんなのお構いなしという風に、

「それを餌に諸葛亮さんの本音を引き出せないでしょうかー?」

なんて、あっさり言いのける。

「……前言撤回して欲しいなら、なんでこんなことしたのか言えって?」

「今の諸葛亮さんとしては、もっとも欲しい言葉ですよー。お兄さんの庇護も加護も無くなったら、ここじゃ生きていけませんし。ならなら、それを利用しない手はございませんよー」

「…………どうするんだ? 一刀。理に適ってはいるが」

「うん……」

腕を組んで考える。

「……そういったリスクを考えずに、朱里が行動する訳がないよな」

「りすく? まぁなんとなく分かりますが、そですね」

風の話は全てに筋が通っている。

まず朱里が現時点で俺を裏切る可能性が皆無なこと。これは魏まで来た理由、俺を助けるという意味からしても、正しい物の見方だ。

だとするなら、今回のこの行動には不審な点が多い。何故なら、見つかった段階で裏切ると分かるような行為だからだ。

ここまでの博打……普通ならしないだろう。まだここに来て二週間程。朱里ぐらいの性能を持つのなら内情の把握は終わっているのかもしれないが、だとしたって俺に関する問題が浮き彫りになったままだ。

浮き彫りになっている俺の問題を対処しない限り、朱里は蜀には戻れない。桃香にも認めてもらえないだろう。

「でも、行動に移した。その点で、何か思うところはないのか?」

「……仮に、これが本物と仮定した場合、諸葛亮さんはお兄さんよりも蜀のことを考えて動いたってことになりますよね」

「そうだな」

「可能性、ありそうですか?」

「んー……」

無いって断言したいが、実物が目の前にあるしなぁ。

「――――あ」

一つ、また閃いていく。


…………なるほど。これが可能性のすり潰しか。



「俺よりも大事なのは桃香……劉備だ。これだけの危険性を冒しても行動に出なければならなかったのは、劉備のことに関わるから。それなら、朱里の行動にも納得がいく。だから、この文に劉備のことが書いてあるなら、それは間違いなく朱里出したものだってことになる」

「だが、書いていないな。だとするなら?」

「諸葛亮さんが、この手紙を書いた可能性は……断然低くなりますね」



場に、沈黙が訪れる。






今、三人の頭の中に浮かんでいる人物は一人だけだろう。




何故? とも思うが。




その何故? を否定しきれない自分が、俺だけじゃなく、きっと二人にもあるはずだ。




だから――――これ以上先に進むには、口にするしかない。





「……桂花が、偽の手紙を用意したって言うのか?」





沈黙を破るように、俺は言った。

「絶対無いなんて言い切れませんよ。ただでさえ、表立って敵対している訳ですし」

風は肯定も否定もしない言葉を口にする。

「これが荀彧の手だとするなら……朱里すら利用して、一刀を揺さぶりに掛かるか」

「桂花ちゃんならやりそうですねー。諸葛亮さんは表立って桂花ちゃんと敵対している訳じゃないでしょうけど、お兄さんが諸葛亮さんに助けを求めたら、諸葛亮さんは桂花ちゃんの邪魔をするでしょー?」

「するだろうな」

「じゃあ、脅威ですよね。風が鬱陶しい上に、諸葛亮さんにまで固められたらたまったもんじゃないです」

だが、風はまだ納得のいっていない顔だ。それに気付いてかいないのか、

「…………しかし、程昱がここまでの可能性に気付かないって、荀彧が思うか? 俺は二人の関係はよく知らないが、それでも互いに高い評価はしているんだろ?」

華佗の発言を待ってましたと言わんばかりに、風も頷いて。

「ですです。さすがに風が気付くのを想定済みで動いているは思います。あくまで、桂花ちゃんがこれを仕立ててたら……ってことになりますけど」

「気付かれて、朱里に確認を取られたら……朱里は桂花を注意から敵視まで段階を上げるかもしれない。それが分からない桂花じゃない――――いや、待て」


そこまで口にして、俺は嫌な予感を覚えた。



風も珍しく頬に嫌な汗をつたらせながら、笑う。




「どうしたんだ、一刀」

「……風、お前」

「お兄さんも、ようやくそこまで辿り着きましたかー。もー、遅いですよー」

「ん? 二人はもう分かっているのか?」

華佗だけまだ分かっておらず、俺と風の顔を交互に見る。

「可能性をすり潰していった結果だよ。朱里は俺を裏切る可能性が無い。でも、裏切りとも言える現場、実際に文を出すところを俺は目撃した。なら、俺よりも優先度が高い劉備のことがこの文に書かれていなければならないはず」

「でも、実際に書いてないですよねー。書かれていたのは魏の内情だけ。それもお兄さんが教えてそうなことと、諸葛亮さんが親しくなった流琉ちゃん達のこと。確かに尤もらしいことを並べていますが」

「俺への裏切りに繋がる内容を、朱里が書くはずがない。勿論、黙って文を出そうとしたことは言及するが……それよりも、今は別のことが気になる」

「ですね。問題は、諸葛亮さんが書かないであろう内容の文がここにあって、それを渡してきたのが桂花ちゃんだ……ってことです」

「…………あぁ、俺も分かってきたよ。二人の言いたいことが」

大袈裟に華佗が頭を抱える。

そうだ。



これは多分、そういうことだ。



「そこまで考えたらさ……これは偽者の手紙だってこと。多分、桂花は事前に朱里が動くことを知っていたのかもしれない。そこで、一つ妙案を思いついた」

「文をわざと出させて、それを回収。お兄さんがそれを知っているか知らないかなんて、どっちでも良かったんでしょうね。知っていても知らなくても、きっと同じ形に帰結する……そう確信しての、一応の反応を見た後、自分が書いた偽の文を渡す」

「驚く俺……で、俺はその話を風に持っていき、この手紙がどういうことだったのかを議論して」

「風が可能性に気付いて……この話をそのまま諸葛亮さんに持っていけば、恐らく諸葛亮さんも驚くでしょう。わたしはそんなの書いてません! って言って。むしろ、なんかもう諸葛亮さんのことですし、自分から謝って劉備さんのことを説明してくるかもしれませんね」

「桂花の嘘が、朱里にも伝わる……朱里の中での桂花の危険度が上がって、敵視ということにもなれば……」

「桂花ちゃんは、風と諸葛亮さんの二人を敵に回すことになりますね。お兄さんも含めれば三人ですけど――――」



そして――導かれる結論の一つが。



「で、それが――――“朱里が桂花を敵視すること”こそが、桂花の狙いだとしたら?」




「…………だよな。二人が言いたいことは」

はぁ……と、華佗が嘆息する。

「なんでそんなことをする必要がある? わざわざ敵を増やすことに意味があるのか?」

「そこは桂花ちゃんに聞かないとなんとも言えませんが」

「……まとめて相手して、捻り潰したいんじゃないのか? 桂花の考えそうなことだ」

「それもあるでしょうけど……桂花ちゃんがお兄さんのことをよく知っちゃってて、それで諸葛亮さんの手を遅らせたいと思ったのかもしれませんよ?」

「荀彧の、一刀の問題への理解度か。それは厄介だな……とはいっても、それを確認する術がないんだが」

「どっちにしたって……ここで仕掛けてきたってことは事実です。助けられたとしても、罠を仕掛けてきたとしてもですよ。もう嫌いで憎くてしょうがないんでしょ。魏の空気が汚れる、みたいな顔して見てきてますもん。お兄さんのことも、諸葛亮さんのことも……きっと、風のことも、ね」



三人の溜息が、見事に木霊した。



「仮定の結論だが、本当にそれっぽいな。毎度毎度、二人の頭の回転の速さを見ていると恐ろしくなるよ、俺は」

「風は政務や軍事論関係。お兄さんは対人的思考関係に特化。華佗さんは逆に、素直な視点で風達の意見を吟味。武でも知でも、結構な役割分担が出来てますよね、この三人」

風が笑う。内容は重すぎて頭が痛くなりそうなのに、風はそれが楽しくて楽しくてしょうがないって顔だ。

「程昱……なんで笑ってられるんだ?」

「今言ったように、お互いでお互いを補い合う議論って楽しいんですよー。それに、嬉しいじゃないですか。こんなに頭を悩ませても、まだまだ立ち塞がってきて、苦労させて。絶対に勝てる戦ばかりじゃつまらないですしねー」

「普段から怠け者しているお前の台詞らしくないな」

「怠け者している時は、真面目にやる必要もない時ってことですかねー。お兄さん側の問題は、いつもギリギリの限界をスレスレで戦っている感じなので、余裕がないのがまた楽しくてー」

「……本当に、らしくない」

前の世界の風じゃ、まず言わないような言葉だな、今のは。

……良くも悪くも、俺や華佗の影響を受けてきているんだろうか。



…………だとしたら、危ないかもな。




「冷や汗なんてかくことも中々ないだろう、風ぐらい肝が据わっていると」

「いえいえそんな、今回は肝を冷やしましたー。解雇されちゃうかと思いましたよ」

解雇=死なんだが、分かってて言ってるのか?


だが、風の目尻が分かりやすく下がり、顔から笑みも消えて。



「…………次は、負けません」



珍しく、低い声で言い放つ。

「……風、お前には期待しているって言っただろ。それに応えてくれよ、俺が死んでもね」

「お兄さんが死んじゃうと、サボれる場所がなくなっちゃうので出来る限りくたばんないでください」

「善処しよう」

俺は文を折って上着のポケットに入れると、立ち上がって、扉へと近付く。

「そろそろ夕食時だが、行くのか?」

「うん。早めに動いた方がいいだろうし。朱里も不安が募っているだろうからね」

「向こうから来るのを待った方がいいんじゃ?」

「その間に、桂花に何か仕掛けられても困る。朱里なら引っ掛からないだろうが……念には念をさ」

勝手に朱里VS桂花の構図を二人だけの間で作られても困るしな。

「諸葛亮さん、桂花ちゃんにぶつけるんですか?」

「…………どうするかは、話し合って決めるよ。結論が出たら、二人にも報告する」

「そですか。じゃあ、風はここで寝て待ってますねー」

ごろんと寝転がって…………すぐに静かな寝息が聞こえてくる。

「早いな、相変わらず。一刀も気を付けろ。荀彧にではなく、時間管理をな」

「勿論。関わり過ぎて足を重くしてたら本末転倒だものな」

俺は部屋を出る。



さて……朱里は、どこかな?



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category: あの想(分割版)

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