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適当広場

のんびり適当にがモットーです。多分

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あの想いと共に 第70話 

あの想いと共に

第70話



…………右、かな。


少し悩んだが、俺は右の飾りつけのない扉を開ける。


ぎぃ…………と音を立てて、開かれた扉。



その中には……。




「馬超……?」

寝台で何事も無く、すやすやと寝ている馬超が居た。

ということは、ここは彼女の私室か。

他には机が一つ、椅子が一つ、着物入れが一つ……後は槍や武器の調整に使う石や道具ばかり。まさに武人って感じの部屋だが……だからといって汚い訳じゃなく、整理整頓はしっかりされている。

「…………」

「すー……すー……」

目の前に槍があって。

起きないであろう、馬超が居て。

絶好の機会っていうのは、まさにこういう状況のことを言うんだろう……けど。




ガタッ――ガタガタッ――――




殺せない理由がある。いや、殺せないじゃなく、殺すとリスクが高すぎるんだけど。



それに……音は、逆の扉から聞こえたな。


ここは馬騰の屋敷。

で、今俺が居る部屋は馬超の私室。



じゃあ、逆の部屋は……自然と、限られてくるんじゃなかろうか。



俺は部屋を出て、音を立てないように扉を閉めて。



カラフルに飾られた扉の前に立つ。




で、堂々とノックをしてみた。



「うみゃああああああああああああ!? だ、誰!? 誰だれだれっ!?」



……普通に起きているな。



馬岱……前の世界では、一、二度話したぐらいの子だったが……。



俺は返事をせずに、扉を開ける。


「っ……!」


「やぁ」



正方形の部屋だ。そして、扉は西側。馬岱はテーブルを挟んで、東側の壁に寄りかかるように立っていた。

右手には前の世界でも見た、彼女の武器。そして……左手は、頭に添えられるようにして置かれており、

「だ、誰よ、あんた……っ!」

「…………」

「な、なによ……なんか言いなさいよ!」

「辛そうだね」

最初の印象がそうだった。

壁に体重を預けなきゃ立てないというように足は振るえ、武器を握る手もしっかりしてはおらず、甘い。そして、頭に添えられている手は……なんだろうな。見た感じ、頭が痛くて、それを抑えようとしての抵抗に見えるけど。

「な、何がよ……てか、あんた! あんたがこんなことしたの!?」

「…………」

「だ、だからぁ! なんで一々黙るのよっ……つっ、いったぁ…………っ」

やっぱり頭痛が酷いようだ。声を出すことに力を使った馬岱は、思わず膝から崩れ落ちる。

でも、この反応……。

「……君じゃないか。そりゃそうか」

腰に手を当てて、嘆息。

ここは寄り道だ。答えがあるとは思っていない。

答えがある場所は……限られている。そして、その予想は多分外れてはいないだろう。

俺は堂々と馬岱に近付いて、片膝を付く。

「な、……な、によ……」

「……いや、ね」

身体に力も入らないのか、涙ぐみながら俺を見上げる馬岱を見下ろす。

じー……っと見つめて、確認を。涙ぐみながら痛みを訴える表情が、なんともそそられるが……。



この子はどうして起きているんだろうか? それを言うならまぁ、俺もなんだが。



俺がこうして起きているのは……何となく想像は出来る。もう普通じゃない身体だから、そこら辺が理由になっているはずだ。

しかし馬岱がこうして起きているのは腑に落ちない。彼女は妖術や仙術を扱うのだろうか? 前の世界じゃ、そんな素振りは無かったが……。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

彼女の左手が、自分の頭を撫でている。

なんか……動きが機械的だな。

「左手で頭を撫でても、痛みは変わらないんじゃない?」

「んくっ……そ、そんなことないもんっ……こうしてると、痛みが和らぐから……でも、痛いよぉ……っ」

「和らぐ……?」

何で?

俺は遠慮なく馬岱の左手を掴み、その手の平を見る。

「な、なにすんのよっ!」

「黙って」

「だま、だまっ……この、あんた……!」

右手が振り上げられたが、俺は空いた手でそれを払いのける。大した力は込めなかったが、馬岱手はあっさりと払われ、握っていた武器が音を立てて床を転がっていった。

「いっつ……!」

「……ふむ」

俺は馬岱の様子を無視して、左手を撫でる。

すると…………どこか、身体に馴染む感触を覚えた。



――――妖術――――あの、三姉妹の香り――――




俺が手を離すと、馬岱はすかさず左手で頭を撫でる。

「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」

ほんの数秒だが、今度はぽろぽろと涙が零れ落ちていた。それほどまでの激痛だったんだろう。

でも……。

「だとするなら……」

「はぁ、はぁ……なに、よ! てか、あんた、誰……?」

同じ言葉を繰り返す、息も絶え絶えの、という表現が正しい状態の馬岱。

「少し、抱きしめるよ」

だが、俺は確かめたいことが出来た。


それに、俺の予想が当たっていれば――――だ。



俺は馬岱の頭を抱え込むようにして、彼女の身体を優しく包み込んでやる。



「ちょ、ちょっと、急になにすんのよ! あたしはそんな安い女じゃ――」


口だけは達者だが、抵抗は全くなく、


「頭痛は?」


「こういうのはちょろそうなお姉ちゃんにやるべ…………え?」



喚いていた馬岱が一度止まって。



頭の上に?マークを出しているかのように、首を傾げながら俺を見上げてきた。



「だろうなぁ……」

「え? え? なになに何これ? なんか、頭痛なくなったよ?」

「そうだろうさ」

俺が頭痛を覚えてないってことは、つまりはそういうことだ。

それに……逆の確信も得た。



俺の身体はもう、どっぷりと術に漬けられたぐちょぐちょの身体だってことが、よく分かった。



華佗が言っていたしな……俺の身体に妖術の痕跡があるって。

「君が頭を撫でているのを見て……これは、頭、脳に作用する術なんじゃないかなって思ったのさ。それも踏まえて、じゃあ対応力のある俺が君を包み込んだら……って思ったわけ」

「へー……へーへー」

目をぱちくりさせながら、しきりに俺を顔を見て、視線を外してを繰り返すと。

「じゃあ、お兄さんがコレをやってるって訳じゃないんだ?」

十秒ぐらい考えた後、そう聞いてきた。朱里の言う通り、頭の回転は早いようだ。

「俺も巻き込まれたクチだよ」

「そっかー……ふむふむ」

頭痛が取り除かれて、ようやく落ち着いて考えられる環境になったからか、馬岱がぎゅっと俺にしがみつきながら辺りを見回す。

「で、お兄さん、誰?」

「最もな疑問だね」

俺は彼女を抱きかかえて、寝台に座る。

「わわっと。もう、急に動かないでよ! びっくりするじゃん!」

「それはすまない」

小柄な身体の通り、ふわっとした柔らかさと軽さだ。

「俺は通りすがりの旅人だよ。昨日来たばっかりさ」

「うわぁ……昨日来て、今日これとか急に怪しくなったんだけどー……名前はー?」

「お互い名乗らないでおこう。これは多分夢のようなものだし……夢が覚めて現実でもし再会できたら、自己紹介しあおうじゃないか」

「ふーん、いいけどさ」

俺の膝の上に座って、ごろごろと楽しそうに頭を首にこすり付けてくる。

「くすぐったいよ」

「頭が痛いんですぅー。お兄さんはどうして大丈夫なのさ?」

「似たようなものだから……かな」

俺は部屋の中を見回す。馬超を模った人形やら、洒落た簪のような小物など、女の子らしい部屋だ。

「ちょっとちょっと! 女の子の部屋をじろじろ見ないでよ!」

「あぁ、ごめんごめん。ところでさ」

ぎゅっと胸辺りの服を掴まれる。

あんまり話したことはなかったが、そこそこ強気で言いたい事は言う子みたいだな。

「最近、おかしなことあった?」

「おかしいこと?」

トン、トンと胸を人差し指で叩かれる。状況が状況じゃなきゃ、そっちが好きそうな男は騙されてそうだ。

「こういうことが起こったことに心当たり~、みたいな?」

「うん」

「ないけど。ってか意味分かんないし! でもでも、お兄さんはあるんでしょ?」

「あるね。君が起きている理由も、なんとなく察しは付く」

「ほー……」

目を爛々と輝かせて、説明して! って見上げてくるけど。

「多分、俺が解決しなきゃいけない問題なんだと思ってる。それを踏まえるなら……」

「うんうん」

「君は他の人達と同じように、寝ていないとまずいってことになるな」

成功しようが失敗しようが、どう転ぼうが。さすがにまともに術の影響下にあれば、元の世界に戻れるだろう。

だが、このまま起き続けていて影響が何もないまま、でも他の人間と同じように元に戻れる…………そう考えるのは、さすがに安易だ。

「え? なんで?」

「んー……」

痛みを覚えたまま起き続けているってのは可哀想だしまずいと思うから、ここに寄り道したのは正解といえば正解だった。イレギュラーだと思うしな……。

だけど、おかげでこの子をどう扱って他と同じすればいいか……。

「ねーねー! ちゃんと説明してよ!」

「説明か……まぁいいか」

どこまで華琳が知っているのか知らないが、ちゃんとあの子達を管理し切れていないミスだ。最大限のフォローはするが、最低限の割り切りも必要だろう。

「これは妖術だよ。この町全体を包み込んで、みんなを眠らせている」

「妖術……? まさか……」

なにやら考え込み始める。予想外の反応だ。

「心当たりでも?」

「こっから西の……五胡の奴らなんだけど。あいつらって、いっつも変わったことするんだよね」

五胡……そういえば、居たな。

俺には深い係わり合いが無かったから、結局どういう奴らなのかは分からないままだったが。

「彼らの仕業の可能性が?」

「あるのかなぁって。こうして見てみたら、お兄さんも不思議な格好してるし。どこから来たの?」

「南の漢中。連れが何人か居るけどね」

「あ、そうなんだ? じゃあ違うのかなぁ……」

「可能性の一つとして、頭の中に入れておいた方が良いとは思う」

俺の予想は違うけれど。

タイミングが俺にとってドンピシャ過ぎるし……何より、北西の都市が落ちたっていう話も聞かないのに、そこを無視して中央にいきなり仕掛けてくるってのは考えにくい。

「じゃあじゃあ、お兄さんの予想は? 誰が犯人?」

「それは……」

……言えないだろう。昨日まで、彼女達はこの町の癒しであり、原動力にもなっていたはずだ。

「悪いが、言えないな。無事に現実で再会できたら、そこで説明するよ」

「ええええええええええええぇぇぇ!? 何それ! ずっるいよ!」

別にずるいも何もないと思うけれど。

さて……後は、この子を眠らせる方法なんだが。

俺が手を離しても、今のこの子には左手がある。それを封じる方法かぁ……。

手袋をする――とかじゃダメだよなぁ。俺の身体は衣服越しに触れている訳だし。

「うーん……」

「一人で悩まないでよ! ほらほら、二人で考えた方が、良い案が出たりすると思わない? だから話しなさいってば!」

……真面目なのかなぁ、この子。実は、だけど。

不真面目っていうか、お調子者の色が強い子だと思っていたが。状況が状況だからか、真面目に俺と向き合っているし、この状況を必死に解決しよう、したいって心意気が伝わってくる。

「そういう子じゃないと思ってたよ」

「え? 何が?」

「楽が出来そうなところなら楽をして、美味しいところは自分がかっさらうような子に見えてた」

「な、なにそれ……初対面でふつーそこまで言う?」

不満というか、引かれた顔をされた。そういや、確かに初対面といえば初対面だ。

「別にお姉ちゃんいじって遊んだりしてないし、お姉ちゃんが弱らせた敵をあたしが倒したりとかはしたことあるけど、意図的じゃないし! たまたまとかそういうのが重なっただけだってば! お兄さんに言っても分かんないだろうけど!!」

「君のお姉さんは苦労してそうだ」

「可愛いよー、お姉ちゃん。お兄さんとお似合いかもねっ」

「どうだろね」

馬超とも全く話したことがない。興味がないわけじゃないが……。

「ってかさ、話逸らしちゃだめだってば! なんでなんで? なんでこんなことになってんの? 教えてよ! おーしーえーてー!」

がくがくと身体を揺すられる。んー……。

そうだなぁ。

やっぱり、俺らしいやり方で行くしかないか。

「……はぁ。まぁ、あんまり言いたくないんだけどさ」

「うんうん」

ようやく話してくれる気になったと思ってくれたらしいが……そうではなくて。

「このまま起きていると……君は一生、ここに囚われたままになる」

「えっ?」

俺が選択したやり方は……俺らしいやり方で。



いつも通り――――騙すってことだ。



「他の人は寝ているけれど……あれは、囚われてないってことにもなるんだ。逆もまた然りっていうのかな」

「ど、どどどどどういうこと? あたしとお兄さん、なんかおかしいの? みんながおかしいんじゃなくて?」

予想外の言葉だったのか、動揺した様子を見せる馬岱。

「寝ているみんなが正常なのさ。そして、起きている俺と君が異常なんだ。何事も無ければ、みんなこんなことに気付かずに寝て起きて……戻ってこられる」

「じゃ、じゃあ、あたしやお兄さんは戻れないってこと?」

条件をクリアしない限りは、この空間に閉じ込められたままだろうな。それを開くのも閉じたままにするのも、俺次第なところがあるだろうが。

「その可能性が非常に高い。だから……酷な言い方だけど、頭痛に負けてさっさと眠るべきだよ」

「んー……」

僅かに悩んだが。



「そんなのやだ!」



まるで駄々っ子のように俺の意見を突っぱねる。

「やだってな……」

「あたしが寝ちゃったら、お兄さんはどうするの? 原因を解決させに行くんでしょ?」

「そう思う?」

「思う。だって頭痛がないお兄さんは、妖術の影響下で眠れないってことじゃん? じゃあじゃあ、普通に眠っても起きたらここに居るってことになるよね?」

「…………そうだねぇ」

驚いたな。やっぱり、頭の回転はそれなりか。

「じゃあさ、それならあたしとお兄さんの二人で解決した方が良くない? 二人の方が絶対早いし、これでもお兄さんよりは槍の扱いが上手いと思うんだけど!」

「俺にくっ付いたまま槍を振るうのかい?」

「あ」

口を空けて呆然と。変なところで抜けてるな。

俺の胸をぎゅっと掴んだまま、空いている手で見ながら俯く馬岱。

「む……むむぅ~……あたしが足手まといって言いたいのか、お兄さんは」

「そこまでは言わないけど」

「いやぁ、まぁ、あたしがお兄さんの立場だったらそう思うなー。邪魔くさいだろうしなー……でもなー、でもなー……とうっ」

俺の身体から、飛び退くように離れて。

「お……? 頭痛が………………いたっ、いたたたたっ!」

一瞬の間の後、すぐに左手で頭を押さえながら、俺の膝の上にダイブしてきて定位置に戻った。

「無理無理、絶対無理だってばこんなの! お兄さんは痛みを感じないから、痛んで寝ろとか言えるんだよ! この不感症!」

「誤解を招くような言い方をしないでほしいな」

「だってだって! これ我慢して寝ろって鬼畜過ぎるよ!」

「うん……そうは思うよ」

かといって、それ以外に方法が無いんだよな。

無視して突き飛ばして駆け去るのもありだろうけど……というか、それが一番かなぁ。大体の情報を整理できたし。

「……ね、お兄さんさ」

「うん?」

不思議な笑顔でこっちを見て固まっている馬岱。

「なんか、良からぬことを考えてはいませんかな?」

「察しがいいね」

笑顔の馬岱の頬がひくついた。

「ちょ……ちょーーーーっとだけ、待ってくれないかなぁ? いたいけで無力な可愛い美少女をほっぽって行こうみたいな考え方って、男として良くないなーなんて思うよ、あたし」

「言葉だけを取ると、手を出さないのはおかしい、みたいな発言に聞こえたよ」

「お兄さんはそこそこ気遣いは出来るけど……顔は並だし、経済的な部分も知らない、名前だって不明な不思議な服来た人だから、そういった方面はお断り!」

「じゃあ、俺から離れたらどうだい?」

「それは嫌!」

我侭だ。思わず溜息が出た。

「あれはダメ、これもダメ……となると、強引な手段しかなくなるなぁ」

「うぐっ……お、お兄さんの言いたいことも分かるんだけどさー……で、でもぉ……」

面倒になってきた。さっさと発生源だと思える場所に行こう………………ん?

「ねぇ」

「え、なぁに?」

「足元を見てみてくれ」

馬岱は俺の顔を見上げるようにして見ているから、足元がずっとお留守な状態だ。

「ん?」

言われて、視線を下に向けると。

俺は今、寝台に座っている。

だが……その座っている、腰の部分にまで。

「煙が……」

「広がってるね。上昇しているって言えばいいのかな」

高さが上がっている。俺に影響は今のところ無いが……。



ぽふっ




ぽふっぽふっぽふっ



「……な、なんか音しない?」

「いや、見たまんまだろ」

俺らが見ている煙。それらが、爆発とまではいかないが、ぽふっと音を立てて弾けているのが分かる。

「何が……」

起こっているんだろうか? 絶対に良いことじゃないだろ、これ。








「ん……?」






すると





一瞬だけ








「………………地和?」











彼女の横顔が、脳裏を過ぎる。












「あ…………あれっ……」

ふと、馬岱が何かに気付いたように言う。

その声に、俺も現実に引き戻された。

当然、目の前にあの子はいない。今居るのは、蜀の未来の一つを担う騒がしいこの子だけだ。

「どうした?」

「えっ……と……」

だが、馬岱は答えることなく。

少しずつ。


少しずつ、瞼を閉じていく。



「やばっ……なにこれ、すっごい…………ねむぃ……」



「……術の影響が強まったんだね」



そう考えるのが妥当だ。

煙が広がったのもそうだし……このポップコーンが弾けているような音はよく分からないが。

「うぎゅぅ……ねむすぎ……」

目を擦って、必死に眠気に抗おうとしている。

「寝た方がいいよ。そうすれば、きっとまた会える」

「で……でもっ、お兄さん……」

「ん?」

俺の顔を必死に見て、

「一人って…………つらく、ない……?」

「……そりゃあ」

辛いさ。すぐに、華佗の顔が浮かんだよ。

「俺の心配をしてくれて嬉しいよ。今日が初対面だってのにさ」

「ううぅ~……げ、げんかいかもっ……」

頭が舟をこぎ始めている。多分、俺の声はもう遠くなっていて、まともに聞こえていないだろう。

「大丈夫……そのまま、おやすみ」

俺は優しく言って、馬岱を寝台に寝かせる。

「で…………もっ……………………」



すると、俺という壁がなくなったからか、馬岱は騒ぐこともなく、頭痛も訴えずに、そのまま眠りに落ちた。



「…………やれやれ」

手間が掛かった。

俺は部屋から出て扉を閉めて、一つ嘆息。

後はこの屋敷から出て、彼女達の舞台に向かうつもりだが……。

「……そういや」

明日もここに来るんだよな。

そういう意味では、今ほどこの屋敷の中を調べるに当たって絶好の機会はない。

…………よし。

少し時間は掛かるだろうが、この状況は利用させてもらおう。



俺は屋敷の中を、観察しながら駆ける。



どこに何があるのか、誰がどの部屋に居るのか。

音を立てても起きやしないんだから、部屋も堂々と開けて。調べて。



そして。



「…………ここか」



以前は、死に顔をチラッと見ただけだったが。

扉の隙間から、馬騰の寝顔を見る。ここからでは呼吸の音も聞こえないが……場所は変わらずか。



それだけを確認して、俺は大体の箇所と大雑把に把握した後、すぐに屋敷を出た。



入り口は正門以外に、西門と裏口があるが。多分どちらもその時になると守りが堅いだろう。

逆に、東側。門こそないものの……壁はそこは厚くなかった。所詮は屋敷だしな。関羽にならぶち破って貰えるだろうけど……朱里と追々相談が必要か。



「……ふむ」



多少なりとも時間は掛かったが、やるべきことはやった。

犯人はあの子達だろうけど……屋敷のこともそうだが、自分の状態を再確認出来たのは良かったんだろうな。

腹が空かないのも、喉が渇かないのも、妖術に身体が侵されているせいだ。だから…………だから?

「待てよ……」




腹 が 空 か な い 身 体?






俺は、移動しながら考える。

確かに、今の俺の身体はどっぷり妖術に浸かっていると考えて良いだろう。馬岱の様子を見てもそうだし。

華佗が目を覚まさないのは、やっぱり根本的に妖術と仙術には違いがあるからなのかもしれない。劣化加速自体は仙術に近い能力だろうが……妖術としての側面も持っているだろうしな。

でも…………だ。



屋敷から、俺は出た。目的地は一つだ。




俺がこうして目を覚まして。







確か…………一度だけ、空腹を覚えた時があるはずだ。







あれは…………何故、だ?



それからだ。牢屋の中で何日も腹が空かず、出された食事には手を付けず。

気付いたら……全く食べなくても良いと身体が思うようになっていた。

しかし、目を覚まして。

星達とやりあって。

朱里を連れて戻って。

華佗に治療をしてもらって。



その直後に空腹だ。そこまでは……そこまでは確かに、俺の身体は正常だったはず……?



いや、これを正常と捉えるのは間違いだろうか。

元々異常があった身体だが、その時だけ異常が取り除かれた可能性がある……そうとも考えられる。




じゃあ…………何が、原因で…………?








そこまで、思考が進んだところで。









「おーそかったわねー」





     ◆  ◆  ◆





目の前には、華やかな舞台がある。ライトは煌びやかに明滅し、客席には大量のスモーク。

「久しぶりに見ても、よく出来た仕掛けだなって思うよ」

俺は、思考を止めて、まずは目の前の物事に向き合おうと決める。



しかし、本当に。



本当に久方ぶりの、彼女達を間近で見て。


「仕掛けなんて言わないで。私達は努力してここまで伸し上がってきたの」


「ていうかさー、一刀おっそいよー! やっぱちーちゃんが言ってた通り、寄り道してたんだねっ!」


「適当にどっか行ったら、誰か起きてたりでもした? ていうかあたし達のところに最初に来ない時点であり得ないんだけど!!」


三者三様の言葉。



天和、地和、人和……。



そうだな。これが、彼女達の持ち味で、魅力で……何よりの存在感だ。



「いやぁ、気付かなかったんだ。当てずっぽうで歩いたら、三人が居てびっくりしたよ」

「よく言うわ……この中を歩いてきたんだから、それ相応にあくどいことをして来たんでしょう?」

三人は変わらぬ姿で、舞台の上に居る。

天和が舞台の中央で立っていて。

俺から見て右に、人和が手に持っている本に何かを書き込みながら俺を観察していて。

地和はめんどくさそうに、左側に膝を曲げて座っていた。モデルポーズに見えるな。



それに……地和。



あいつ、何気なく座っているけど……華佗のような気膜を纏っている。色は違って、禍々しい青色だが。



前の世界でもそれなりの彼女の妖術は見ていたはずだが……あれだけ分かりやすく、何かをしているって様子を見るのは初めてだな。

それだけ、この町を包む妖術が強いということにもなるのか。

「あくどいって、随分な言い方だ」

「だってさぁ、この空間って妖術に精通している人しか起きれないんだよ。なのに一刀が起きているってことは、そういうことだよね~」

「ていうか、それだよ。なんでこんなことしてるんだ?」

俺は舞台に近付いて、舞台から足を下ろすようにして組んで座る。

すると、天和が当たり前というように俺に抱き付いてきた。

「ん~? だってさぁ、ちーちゃんが一刀を見たって言うんだもん」

「居るのは知っていたけどさ……本当に一瞬だっただろ。人違いの可能性もあったんじゃないか?」

天和の豊満な胸が当たって気持ちが良いが……天和自身はそのことを全く気にしていないようだ。

俺は気になるんだけど……先に話を済ませてから注意するか。

「無いわよ。あたし達を見てびっくりしたような顔してたもん。それに……今更あたしが一刀の顔を見間違える可能性なんてないでしょ」

「そりゃ光栄だね」

「褒めてないから!」

煽ると、嫌そうに言って顔をぷいっと背けられた。

「一刀、生きていたのね」

人和が俺を見下ろしながら言う。

「ご覧の通りだよ」

「でも、少し見ない間に随分と妖術が染み込んだのね」

「あぁ……やっぱそうなんだ?」

「やっぱり……? 思い当たる節でもあったの?」

馬岱のことを喋るかどうかか……。

…………まぁ、話しておいた方が良いだろう。

「野暮用でね。馬騰の屋敷に行っていたんだが、そこで馬岱に会った」

「あら、お得意様よ。でも、何故起きていたのかしら? さっきも言ったけど、この空間は妖術を扱えるか、妖気に慣れていないと起きてはいられないの」

「みたいだな。だけどあの子、左手で必死に頭を撫でていたよ。握手でもした?」

「あ……それあたしだわ」

地和が明後日の方向を見ながら言う。

「君が?」

「毎度来る度に握手を求められて、手を握りながら話をしたりしていたから。多分それで、一時的に妖気が染み込んだんじゃないかしら」

「なるほど」

予想通りだな。

「術を強めて正解だったわねー。馬岱さん、ちゃんと眠ってくれた?」

「あぁ、ちゃんと見届けてきたよ。夢のようなものだって説明はしたし、多分大丈夫じゃない?」

「だといいんだけど」

言いながら、地和は目を合わせてくれない。

……色々と確執もあるし、しょうがないかね。

「……あ、そうだ。かずと、かずとっ♪」

ぎゅっ、ぎゅっと俺を抱きしめる力を強めながら、名前を呼ばれる。

「なに?」

「また会えて嬉しいよっ♪ ずっと会いたかったんだぁ」

「…………あぁ、うん」

あまりにもストレートな表現に、ちょっと言葉が出てこなかった。

「なぁに、照れてるの?」

人和が穏やかな笑顔で言ってくる。

その表情を見るに……人和も人和で、俺との再会を喜んでくれているようだ。

「照れるっていうか……面食らったって感じかな」

「えー? 照れても良いんだよ、一刀。そういう一刀も見てみたいなぁ」

「機会があったらね」

あんまり無さそうだが。

「それで?」

俺は話を戻す。

「なんでこんなことしたのかって?」

「あぁ」

「そんなの、あなたを誘き出すために決まってるじゃない」

そうだろうさ。いや、そうなんだろうけど。

「ここまで大掛かりにする必要があったのか? 普通に探せば良かったじゃないか」

一歩間違えば、彼女達が妖術使いだってのが露見する。そうなったら今まで気付き上げてきた実績が瞬く間に瓦解してしまうのだが。

「私もそう言ったんだけどね……危険すぎるって。でも、ちぃ姉さんは絶対一刀だったって言うし、ここに居るっていうこと自体で、どういうことなのか一刀も分かっているでしょ? だから、私達だけで探している時間もない。なら……確実な方法を選んだってわけ」

「確実ってな……」

妖術で町を包み込むのが? という言葉は飲み込んでおく。

「いつも通りなら、あたし達に普通に話し掛けて来るんじゃないの? 顔見たのに逃げたってことは、バレたくない理由でもあるか、見つかったら困る事情があるって思ったんだけど?」

……なるほど。地和が機転を利かせてくれた訳か。

でもさ……こうしてこんなことして、俺を探している時点で、その気の利かせ方自体が……。

「誰にも話が聞かれない密室としては、些か大きすぎると思うけどね」

「一番手っ取り早かったのよ。今日で公演も終わりだったし、術を使う余裕もあったもん」

今の地和の言葉。

……やっぱり、華琳は翌日にはここに辿り着くんだろう。朱里の読みは正しかった。

「俺が起きなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「私もそこは心配だったけど……ちぃ姉さんが、きっと大丈夫だって言うから」

「地和が?」

俺は天和に抱きしめられたまま振り返って、地和を見る。

特に感情が見受けられない地和の横顔。

「確信でもあったの?」

「劉備さんとの戦いで、使ったんでしょ?」

「それか」

劣化加速の法が乗った、薬の使用。

あれだけ大々的に戦場を荒らしたんだ。地和の耳にその話が入っていてもおかしくはない。

「だけど、あれって仙術じゃないのか?」

俺の素朴な疑問が、少し意外だったらしい。地和がようやくこちら見て、少し不思議そうに聞いてくる。

「その仙術の影響を押さえ込むために、それだけの妖術を仕込んだんじゃないの?」

「いや……そういう訳じゃないけど」

「……はぁ? じゃあなんで見て分かるぐらい妖術漬けなのよ、あんた」

「んー……」

華佗が言うには、俺の消耗を抑えるために朱里が施したらしい……って話だが。朱里本人に妖術の話を聞いてはいないんだよな。関羽の前で妖術の話をするのもどうかと思ったし……それでも朱里が噛んでいるのは間違いないんだろうけど。

「ていうか、分かるの? 俺が妖術漬けって」

聞くと、三人が同時に頷く。

「そりゃあ、それだけ分かりやすく漏れてたら分かるかなぁ~」

「臭いもそうだしね」

「……そうなんだ」

分かる奴には分かるのか。それに、臭いってなんだろうか。

「止める手段ってある?」

「あるけど……」

人和が言葉を濁して、地和を見た。

「止めたら止めたで、もうダメよ。身体……ぼろぼろじゃん」

地和が、少し悲しそうに目を伏せた。

「酷い状態?」

「…………さっきから聞いてて思ったんだけど、あんた、自分で妖術を仕込んだんじゃないの?」

少し、鋭く睨まれる。

……地和だけならまだしも、天和と人和、二人が居る時に詳しく話せる内容じゃない。

「事後操作になる」

「……そう」

人差し指をくわえて、なにやら考え込み始めた。

「知らない人に、それだけのことをされたってことなのね」

「あんまり言えないけどね。でも、おかげ様でなんとか生きてはいるよ」

「事後操作……その割には、乱雑すぎない…………?」

地和がなにやら呟いている。

乱雑か……俺を助けるつもりは……いや、あの時の朱里には俺を助けなければならない理由はあったはずだ。

それでもしっかりとした治療ではなく、乱雑なやり方になった。



…………まだまだ何かありそうだな、あいつ。



「じゃあ、その人に感謝しないとね~」

まるで恋人のように天和が俺に寄り添ってくる。

……こんなに好かれてたっけ?

「なんか、随分とくっついてくるね」

「え~? 一刀、嫌なの?」

「嫌じゃないけどさ……少し不思議に思って」

言うと、人和が少し俺に近付いて。

「正直、私も一刀の帰参を待ち望んでいたわ」

「え?」

なんで? いやほんとに。

「一刀が捕らえられて……天和姉さんは、一刀が取られたって思ったみたいだけど。私はそういう意味ではなくて、単純に一刀の後を継いだ人の力量の低さが嘆かわしいものだったのよ」

「そうだよー! 一刀、劉備さんに浮気したのかなって思ったら夜も眠れなかったもん!」

「あー……」

それはそうだろう、と思う。浮気は置いといて。

俺は前の世界の知識も総動員して、既に知っていることは全て先回りでやり終えて。更に彼女の達の性格も熟知しているから、そのモチベーションやポテンシャルの維持と向上を常に意識していたし。

「一刀がどれだけ優秀な文官なのか、改めて思い知ったわ。その上、武官としても優秀だったみたいだけど」

「それはありがとう」

「褒めて……は、いるけどね。それで、一刀の方こそどうしてここに居るの?」

「俺はね」

天和の抱擁から逃れるように、舞台の下に降りる。

「むぅ……どうして逃げるの、一刀」

「逃げてないよ。心地良すぎると甘えたくなるから、その前に自制しているだけさ。後、俺がここに居る理由だが……」

一つ、深呼吸をしてから、

「諸々の事情があって、馬騰に会いに来たんだ」

「えっ?」

「ん?」

「……ふーん」

また、三人で返事が違う。それはそれとして。

「思うところがあってね。俺が仕入れた情報によると、華琳は明日の夜にはここに来るんだろ? じゃあ、それまでには間に合わせないといけないな」

「でも、馬騰は病に臥せっているって聞いているわよ?」

「らしいけどね。でも、そこは俺にとってそんなに重要じゃないんだ」

首だけ後ろを見て。

天和はきょとんとしていて。

人和は俺の言動を訝しんでいて。

一番後ろに居る地和は……あぁ、俺を睨んでるな。何をするのか分かってるって顔だ。

「最初はこんなことをされて、そりゃあびっくりしたけど……久しぶりに三人に会えてよかった。ただ、俺には俺の目的がある。こうして俺達だけの時間を作ってくれたのは嬉しいが、もう少しだけ待ってくれないかな? 馬騰と話をしたら、魏に戻るからさ」

「ほんと? 本当に魏に戻ってくるの、一刀」

「あぁ。今回のはさすがに想定外だったんだ。魏から離れるつもりはなかったし……時間が無いから先回りした、ぐらいに考えてくれればいいよ」

「馬騰さんと話すんなら、曹操さんと合流して一緒に行ったほうが良いんじゃない?」

地和が遠回しに俺の真意を引き出そうとしてくる。

「それじゃ、少し遅い。華琳に聞かれて困る話じゃないが……ま、全部終わって話せそうなら話すよ。だから、俺のことは内密にして欲しいな」

「それは構わないけど……」

人和が言う。天和も特に口外はしないだろう。

「俺と会ったって話をするには、少々説明が面倒だろうからな」

「曹操さんが嫌いそうなことだものね、こういうの。私達だって分かっているわ」

もし口を滑らしたら、どうやって俺に会ったのかって話になって、更にこの空間の説明までしなきゃならなくなる。

さすがにこの力と、使い方は異質すぎだ。それに、人の意思を強制的に操作するのは華琳の最も嫌いなことの一つ……そんな危ない橋を渡る必要はない。

「一刀、行っちゃうんだ? せっかく一緒にいられると思ったのに……」

天和は俺に駆け寄ってきて、悲しそうに見上げてくる。

俺は彼女の肩に手を置いて、

「ごめんな、天和。でも少しの辛抱だよ。俺には優秀な味方が何人かいるから、有事になっても何とかなる。君らは……」

「魏軍とは別に移動しているわ。当然でしょ」

「だろうな。じゃあ……次に会う時は魏の領内か」

「そうね……今回の仕事は急な話で、尚且つ準備不足も多かった。これを口実に、少し休ませて貰うつもりよ」

「じゃあ、その休暇中に会いに行くさ」

俺は天和から、延いては三人の居る舞台から離れていく。

「もう話すことはないな。お互いに、聞きたいことはそれなりに聞けたし……後は、もっとじっくり時間を取れる時にしよう」

「む~……」

「むくれないでくれよ。撤収、しっかりな。また今度会おう」

一度振り返って、天和に言う。

「一刀、絶対帰ってきてね。絶対だからねっ」

「あぁ、勿論」

笑顔で応対する。天和は素直で……良い子だな。扱いやすいうとも言うが。

「身体のこと、こちらで少し緩和出来るかどうか、調べておくわ」

「え、ほんと?」

人和からの意外な提案に、思わず足が止まる。

「それ、神経にまで作用しているでしょ。目はしっかり見えてる? 指を動かしている感覚はある? 疲れを感じないとか、眠気が来ないとかない? 頭痛がするとか、突発的に眩暈が来るとか、お腹が空かないとか、逆に常に満腹状態で苦しいとか」

「…………んー」

さすが、精通していると自分達で言うだけはある。今言われた中で、見事に引っかかっているじゃないか。

「あるのね……馬鹿一刀」

俺の反応を見て、即座に地和に突っ込まれる。

「地和に言われると切ないな」

「何がよ! ったく……人和もこんな奴の面倒なんて見なくていいわよ」

「そうはいうけど、ちぃ姉さん。ちぃ姉さんだって、一刀がいなくて贅沢が出来ない、舞台予定の詰め方が下手で時間の余裕がないって散々ぼやいていたじゃない」

「そうなんだ?」

「そんだけ今のあいつが無能なのよ!! 人和も余計なこと言わないで!」

怒らせてしまった。こちらに少し近付いてきた人和が、小声で「あれでも結構心配してたのよ」と付け加えてくれる。そりゃ嬉しいが……ね。

「色々元気を貰えたよ。俺はそろそろ行く。三人とも、気は抜かないようにな」

ここはあくまで、敵地なんだから。

「一刀もね。ちゃんと帰ってきてね!」

「あぁ」

「気をつけて」

「ありがとう」

二人はそう見送ってくれるが、地和は舞台から動く様子がない。術の影響かもしれないが……。

俺が再び背中を向けて歩き出すと、

「泊まっている宿までどれくらい?」

そう、地和の声が俺の背中に掛かる。

「十分ぐらいだけど」

「じゃあ、それぐらいに調整して少しずつ術を解いていくわね」

なんて、お言葉が。

ちゃんと考えてくれてはいるんだよな。人に見つかると困るし。お互い様だけど。

「ありがとな」

「…………もう、無茶はしないで」



小さく。



でも、懇願のように聞こえた言葉に。



「善処するよ」


俺は結局、そう返すことしか出来なかった。





     ◆  ◆  ◆





宿に着く、少し前。

その頃に、丁度よくスモークがきっかりと晴れた。スポットライトのようなぼんやりとした光もなくなり、今は深夜。まだ日の出には遠い。

「…………」

のんびり歩いていたので、まだ宿屋には数分という距離がある……が。

そこで俺は足を止めて、舞台の方を見やった。

随分な力だった。少なくとも、前の世界であんなのは見たこともないし聞いたこともない。

でも、例の本の力の効果もあったかもしれないが……元々それぐらいの力はあの子達にはあったんだろう。それが、変な方向に爆発してしまった、というだけで。

……つまり、俺が知らないだけ、体験していないだけで、この世界にはまだまだ未知なる力や物は存在する。

それこそ、華琳にだって俺の知らない部分はきっとあるだろう。全てを知っている、なんて豪語するつもりはないが。

「…………その、一つに」



俺をこの世界に連れてきた力が……ある。



…………はぁ。

疲れることばかりだ。

だが、まだようやく道は半分といったところ。

馬騰との邂逅を済ませて……定軍山。いや、その前に魏で溜まりに溜まった政務があるだろう。今から風の笑顔が怖いな。



でも……それも全て、明日次第だ。



手違いが一つでもあったら、俺は世界から消し飛ぶだろう。今俺の支えてくれている華佗、関羽、朱里。この内一人でも失えば、俺に未来はない。

三人とも、とんでもなく性能が高いが……だからこそ、慢心しないようにしなければ。三人は大丈夫だったが、俺が死にました、なんてことになる可能性の方がよっぽど高いんだし。

「…………?」

思考をまとめて、前に向き直った時だった。

宿の二階から、武器を持って大通りに降り立つ何者かの姿が。あの長い黒髪は……関羽だな。

「やれやれ……」

俺が居ないのを見て、焦って外に出た……ってところだろう。

関羽はすぐに俺を見つけると、瞬く間に俺の傍まで駆け寄ってくる。

「北郷殿っ」

目の前で急ブレーキを掛けると、風がふわっと舞って、関羽の香りを乗せて俺を通り抜けた。

「も、申し訳ありません。寝入ってしまっていて……そんなつもりは、無かったのですが」

ぎゅっと俺の腕を掴んでくる。そうしながらも、不安という感情がある表情で俺を見上げてくる……こういう関羽は新鮮だ。少し、頬が緩むな。

「いや……疲れていたんだろう。仕方ないさ」

その緩みを隠すように、俺は笑顔を浮かべる。ある意味で俺が悪いんだ。関羽が悪い訳じゃない。

「それは……そう、ですね。何を言っても、詮無きことですが……」

すごく悔しそうだ。妖術の影響下にあったのだから、仕方が無いが……。

それを言う訳にはいかないよな。

「それに、謝る必要はないよ。俺が勝手に外に出ていたんだしね」

「……えぇっと。私が言っていいのかどうか迷いますが、どうしてこんな夜更けに外に?」

俺が歩き出すと、関羽は俺の腕から手を離して、真横に立ってくれる。

「ちょっとした情報収集だよ。おかげで、明日朱里は楽が出来るんじゃないかな」

「は、はぁ……そうなのですか?」

「あぁ。まぁ、今日はもう寝よう。さすがに疲れたからね」

馬岱からの、三姉妹の一件。

それに、空に浮かぶ月の場所を見る限りだと、俺が寝たのは三時間ぐらいのようだ。さすがにこれでは寝足りない。

「……寝ずの番をしたいところです」

「ダメだよ。明日が本番だって言っただろ? こういう想定外はもうないから、ゆっくり休め」

「…………」

不満そうだ。反応を見る限り、今までこういうことは一度も無かったんだろうな。

加えて、これじゃ気を抜いていたとも取られる……そういう風に自分でも思えるのが嫌なんだろう。

「それとも、俺と手を繋いで寝るかい?」

「よろしいのですか?」

……冗談で言ったんだがな。

ほんとにいいの? って感じで真に受けられた。それだけ衝撃的だったってことか。

「まぁ、君がそれで落ち着いて寝れるって言うならね」

俺のせいで寝つきが悪くて、性能が下がった……なんてことになるのは困る。

「では、是非お願いします」

なんてことないように言われた。さすがに純真というか、過ぎるというか……そういう風に考えてないだけか。

「分かったよ。じゃあ、さっさと戻って寝るぞ」

「はい」

本当に素直な子だ。

関羽が最初から魏に居たら……なんて、そういう妄想は控えるべきか。

しかし、なるようになっているんだな……国の在り方ってやつは。



なんてことを思いながら、俺達は静かに部屋へと戻った。




続く


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