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適当広場

のんびり適当にがモットーです。多分

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あの想いと共に 第67話 

あの想いと共に 


第67話

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

とにかくだ。

まずは……呼吸が既に苦しそうな、この関羽を……そうだな、ぼろぼろで汚れているが、布団を裂こう。

そして、裂いた布団を関羽の身体に巻く。

「少し痛いが、我慢してくれ」

「うっ……つっ……」

力を入れて、解けないように、首元から下を隠して。

また余分に切って、今度は顔全体を隠すように結ぶ。

「苦しいか?」

「ふー……ふー……いえ……ふー……」

「全然そうは見えないが……」

とりあえず、見た目だけは隠せているだろう。俺の格好と、血に汚れた布で隠された人物を背負っていたら、怪しいどころじゃ済まないが、関羽の顔が見られるよりはマシだ。

「だが、どこに行けば……」

関羽の武器にも布を巻きながら、そう愚痴が飛び出る。

華佗の居場所は分からず、朱里も何を考えているのか不明だ。早速裏切ったりはしてないだろうけど……。

「ふぅ……ふぅ……北郷、どの……」

「……ん? 関羽?」

小声で、何かを呟いている。

「武装蜂起が、あった場所へ…………」

「武装蜂起?」

さっきの、あれか?

「はぁ……はぁ……」

本当にやばそうだ。余計なことは聞かないほうが良いだろう。

俺は武器を持ち、関羽をおぶって、すぐに部屋を出て…………一度、振り返る。

「…………」



まるで、この部屋だけ大量殺人があったような、夥しい血と傷の痕。



これが、俺に関係しているっていうなら…………。



「…………北郷、どの……?」

「あまり喋るな」

長居は無用ってやつだな。

俺は下に降りて、そっ……と引き戸を開けて、外を確認。



人は……いない。よし、今のうちだ。



外に出て、人目の付きにくい路地という路地をこそこそしながら歩く。建物に挟まれた、狭い通路をぐねぐねと。

「……っと」

十字路になっている場所を曲がろうとした時、兵士が走っていったのが見えて、足を止めて隠れる。

みんな、ひたすら南東方向に走っているな。つまり、目的地はあちらってことになる。

「…………」

少し止まって、耳を傾けると――――戦いの音はちゃんと聞こえてくる。

だが、少量だ。ということは、もうすぐ決着が付くんだろうが……かなり早いな。それだけ優秀ってことか?

……どちらにしても、それまでは焦って動く必要もないのかもしれないな。

「……ふぅ」

一度息を吐く。だからといって、動けるようにはしておいた方がいい。

関羽を抱えなおして――――ピチャッと、耳元で水温が。

「ん?」

「こほっ、こほっ……」

「関羽……!」

すぐに地面に降ろして、建物に寄りかからせて。

「血が……」

「こほっ……こぷっ」

口元の布が、じんわりと赤く染まっている。

「吐血している……まずいな」

怪我は深くないと思っていたが、動かしすぎたか。

「ごほっ、ごほっ……だ、だいじょうぶ、です……だから……」

「大丈夫な訳があるか」

まともに身体を動かせないぐらい、全身に怪我をしているんだ。それに、吐血していて大丈夫な人間が居たら、そいつはもう人間じゃない。

これじゃ下手に動かせない。だが、置いていく訳にも……。



「一刀」



「っ?」

後ろを振り返る。

「上だ」

スタッ、と降りてきたのは。

「華佗……! ほんと、お前はいつも最高のタイミングで……!」

数日振りに顔を見た、華佗だった。

思わず顔が綻ぶ俺だったが、華佗は関羽を見て逆に表情を引き締めた。

「これは……どうしたんだ?」

すぐにしゃがみ込み、鍼を取り出す。

それを確認した俺も二人に顔を近付けて、

「説明は後だ。華佗は、どうしてここに?」

「諸葛亮から連絡があってな」

一枚の紙を取り出して、俺に渡してくる。

華佗はそれと同時に関羽に鍼を刺した。

僅かな光の後、一瞬で傷が消えて。

「……助かった。感謝する」

動かせる身体になったようで、億劫そうに顔部分だけ布を剥ぎ取り、口元を乱暴に拭う。身体部分を包む布には血が大量に付着しているが……。

「大丈夫なのか?」

「おかげさまで……ですが」

「疲労は濃いようだな」

疲れたように息を吐く関羽を見て、すぐに華佗が看破して。

「ですが、時間がないのでは?」

関羽は一度切った言葉を言い切って、俺が華佗から受け取った手紙を見る。

「あぁ……」

すぐに開いて見てみると。



『こちらは華佗さんへ。明日のお昼頃でしょうか。この町で、一悶着あります。その際、問題が起こった箇所の周りを調べてみてください。一刀さまがいらっしゃると思います』



なんて書き出しが。

俺の行動は完全に読まれていたのか……もしくは最初から関羽に誘導するように仕向けていたのか。



『一刀さまに出会ったら、この手紙はそのまま渡してください。こちらは一刀さまへ。多分一刀さまは、関係性がある場所と思って先に例の場所へ行くはずです。そこに関羽さんを誘導しておきました。関羽さんとのお話の結論はこれで出たと思うので、何事も無ければわたしの手紙が見れているはずですね。今は恐らく、南東近くの場所でこれを読んでいらっしゃると思いますが……』



「朱里に?」

「……待っているようには、言われました」

目を逸らされて、だるそうに言われる。関羽に何があったのか、それも気になるんだが……俺は先に、手紙に目を通す。



『逆側で、また暴動が起こります。わたしが起こしたって勘違いはしないでください。元々残っていた反乱分子を焚きつけて、一辺に終わらせようという策を利用しているだけです。だから――』




「おい! また奴らが動いたぞ!」

「次は北西か? こちらは誘導だったのか!」

兵の声が聞こえ、すぐに遠ざかっていく。

「……諸葛亮か?」

華佗に言われる。

「うん。読んでないの?」

「俺は俺の部分しか読んでないよ。興味もない」

「そっか」

それが有利になるか不利になるか。どっちにしても分からない以上は、いつもスルーだ。俺に関することは相変わらずの徹底ぶり。



『二度目の暴動が起きたら、しばらくその場に待機していてください。どの程度の時間が経った段階で一刀さまがこれを見ているかまでは分かりませんが、少なくとも南東方面が完全に鎮圧された段階でこれを見ている……とは思えません。そこまでは遅くないはずです』



びっくりするぐらい合ってる。北東に走っていく兵士は見たが、それでも南東での戦いが終わったという訳ではないようだし……。



「……あ」

関羽が俺を見て、声をあげた。

「どうした?」

「……いえ」

正確には、関羽は俺を見ていなかった。

見ていたのは――――俺の後方。

「誰か――」



いるのか? と言おうとながら振り返ったところで、ぷにっと、人差し指が俺の口に当てられた。



「お待たせしました」

いつも通りだが、少し大きめの鞄を背負った朱里がそこに居た。

「さすが一刀さまです。わたしの想定した通りに動いてくれましたね」

なんて、とても嬉しそうに。

俺は朱里の手を掴んで、口元から下ろす。

「……喜んでいいのか? いや、朱里と合流できたのは嬉しいけどさ」

「わたしもですけど……愛紗さん?」

不思議そうな顔で、関羽を見る。

……俺が代わりに言うか。

「事情は俺も聞いていないが、俺と共に来るそうだ」

「えっ」

思った以上に、素の驚いた声が朱里の口から飛び出た。

そして途端に慌てふためく。

「ど、どういうことですか?」

「事情が変わったのだ。朱里の方こそ、何故だ?」

関羽だって同じように、驚いた顔をしている。二人の意思疎通は行なわれてはいなかったんだし、当然だ。

「わたしは……桃香さまの意思を成就させるためには、一刀さまの環境を根本から変えなければならないってことが分かって……」

「桃香さまの……意思か……」

……? 引っかかる言い方をする。

「何が気になるんだ? というか、あの部屋何があったんだよ」

「…………襲われました」

「襲われた? 誰に?」



「北郷殿に」



「は?」

「え?」

「む?」

三者三様の声。

「俺に? なんで?」

「言葉としては……少し違うかもしれませんが。それでも、私にこれだけの怪我を負わせたのは北郷殿です」

「……いや、待て待て。俺がどこにいたのか、知っているだろ」

「そうですね……牢屋の中に入れられていたはずですが」

震える足で、関羽は建物の壁を利用しながら立ち上がって。

「北郷殿は本来、どこに居るべきだったのですか?」

「…………はぁ?」

「身体の調子は、どうなのですか?」

こいつ、何を言っているんだ? 桃香の病気でも移ったんだろうか。

「だから、さっきから何を言っているんだ?」

「私の方も、よく分からないのです……それに、こういったことは一度だけではなくて」

「前にもあったってことですか?」

「……朱里には話していないがな。話せる状況ではなかったし」

話せる状況じゃなかった……?

「一刀が寝ていた頃の話じゃないのか? それは」

「それは…………そうなのだが」

「…………待てよ」



何かおかしい。いや、おかしいというか、関羽が何を言っているのか全然分からないのが正しい捉え方なんだが。



それでも……この“おかしさ”を俺は知っているはずだ。



あってはおかしい内容が、関羽の口から漏れているというべき……なのだろうか。



「俺はずっと、寝ていたんだろ?」

「わたしは、そう聞いていますけど……」

朱里も関羽の言っている内容が分からないようだ。しきりに首を傾げている。

「……今はしっかり、起きていらっしゃいますね」

「見て分かるだろ」

「あなたが寝ている時は、朱里も寝ていた。だから、朱里は具体的なことは深く知らないのです」

寝ている時?

朱里は体調不良で寝込んでいた。だから、知らない。

でも、関羽は知っていること……?



もしかして…………いや、待て待て。それじゃおかしいことがある。



だって、あの時、星は……。

「……星だって、俺が起きた姿を見て驚いていた」

「そうですね」

断言する。

「でも、私は知ってるって……そう言いたいのか?」

「いえ……残念ながら、私は桃香さまの言葉をそのまま受け入れているだけですので」

「……桃香?」

桃香…………また、桃香か。

「ですが、それとはまた少し違うのです」

「違うって、何が?」

「…………」

何でそこで黙るんだよ。

にしても…………だ。

「似たようなことはあったな」

俺が口にする前に、華佗が言う。

「……三姉妹の時か?」

「まさに、勘付かれていただろう。それに、一刀は確かに寝ていたんだろ?」

「…………」


そうだ。


俺は例の体調不良で寝込んでいた。


寝込んでいたが…………あの三姉妹は、まるで俺と頻繁に出会っていたかのような振る舞いをしていた。



それは、つまりだ……。



「俺はもう、起きていたんだぞ?」

「だが、前例とも言えないが……あの部屋は俺達にとって、少々面倒なこともあった」

「…………」

だから、と華佗は言いたいんだろう。

関羽は黙ったままで、朱里は完全に蚊帳の外だから説明して欲しいって顔をしている。

「…………いや、いい。とりあえず、まずはここを出て涼州に向かう」

長話している場合じゃなかった。まずは最低限、話をするにしても安全だと言える場所まで移動するべきだ。

「涼州ですか? 魏の国内ではなく?」

「そうだ。今、華琳は涼州に向かっているんだろ? 漢中なら、魏に向かうよりも早く合流出来るだろうし……少し、打算もある」

「……そですか。じゃあ、後でそれはお聞かせください。それに……そろそろ頃合ですから」

「頃合?」

何がだろうか?

「……確かに、兵の気配が無くなったな」

そう、関羽が。

朱里が頷いて、

「我が軍の兵は優秀ですから。そして、南東の端っこ。そこに井戸があります。枯れ井戸ですが、元々は近くの川の水をこちらに流していたそうです」

「抜け道か」

「人が通れるだけの広さがあるのは、確認済みです。今ならみんな北西に気を取られているので、見つかる可能性は皆無に近いです。すぐに向かいましょう」

「……分かった。けど……」

俺は関羽を見る。

「……一緒に行きますよ?」

「信用していいのか?」

「朱里が引き込まれていたのは完全に想定外ですが……私と朱里。二人が居れば、より早く北郷殿の目的が達成出来る筈です」

「蜀の人間と殺し合いもすることになる」

「聞きました。そして、それはやれます。それをやるぐらいの覚悟が無ければ……ついていけないのでしょう?」

「……なんのために、そこまでする? 朱里には俺の事情は全て話した。話した上で、朱里は俺の隣に並ぶ決意をした。だが、お前は……」

関羽は首を横に振る。

「北郷殿の事情……気になりますが、それ以上に私は自分のことで精一杯です」

「なのに、俺に気を配る余裕があるって言うのか?」



「私は……他の北郷殿はいらない」



「……なに?」



関羽はじっ……と俺を見て。



「私にとって必要なのは、今こうして私に憎まれ口を叩く北郷殿です。他の北郷殿は、必要ないんです。この北郷殿を、私は救いたいと思っていますから」



…………。



華佗と、視線が合う。

「面倒になったな」

苦笑しながら言われた。本当にだ。

「……後でまた、詳しく聞かせてもらうぞ」

「ご随意に」

「ちっ……朱里、案内しろ」

「はい」

先導して、朱里が歩く。朱里、俺、関羽、華佗の順番で。

短いが、長くもあった漢中はこれでお別れだ。



もう少し……もう少しで、ようやく華琳に会える……!





     ◆  ◆  ◆





井戸から無事に漢中を抜け出し、丸一日歩いて。

国境を越えたところまで行くと、そこそこ大きい町があったので、俺らはそこで宿を取ることにした。まだまだ話し合わなければならないこともたくさんあるから。

「以前のことを思い出すな」

「以前?」

「俺と関羽の逃避行の話だよ」

「誤解を招くような言い方はなさらないでください」

「呉から逃げて来た時でしたっけ? 一刀さまと愛紗さん、相変わらず無茶と無謀を同時にやり遂げてるって言うか……」

四人で一部屋を取る。朱里が結構な路銀を持ってきてはいるが、無駄遣いをしている余裕はないだろうし、何より俺達には話さなければならないことがたくさんある。

部屋の内装は簡易なものだが、四人一部屋ということでそこそこな広さの場所を取った。入り口から入って右に寝台と窓が一つ、青い絨毯は全体に引かれていて、左には丸テーブルに三つの椅子や小物を入れる棚、水が入った壷が備え付けられている。

「……というか、朱里。何故私と北郷殿が、呉から来たということを知っている?」

関羽が驚きながら、すぐに椅子に座る。ここまで殆ど会話もなく、丸一日近く歩いた。華佗に何度か回復させてもらいながら歩いてはいたが、体力的には限界を迎えていたんだろう。椅子への座り方が、珍しく乱暴で体重が乗っていた。

「え? いえ……なんとなくですけど」

朱里が鞄を置きながら寝台のチェックをし始める。

「状況判断? だとしたって、俺と同じぐらいまともじゃなかったんだろ?」

「あー……まぁ、予想よりはお二人の帰還は遅かったんですが……愛紗さんが戻ってきた時期と、一刀さまが魏に合流したのと……いっぱいありますけど、やっぱり一刀さまが無理な攻めを転じて見せたからですかね」

劣化加速を使った時か。

「無理に見えたか」

「常識の範囲内で考えれば。一騎当千なんてまず出来ないことですけれど、それを成し遂げそうなぐらい強くて……歪なこともしていましたし」

空間を切り裂いたのは、あの戦場に居た奴なら誰もが目にしたはずだ。

「一刀の特異性がよりまわりに知れ渡ったってことだな」

華佗は小物入れから杯を取り出して、壷に突っ込んで水を一気に煽ると、

「ごくっ……ごくっ……っはぁ! なんとなくで分かるものなんだな」

「美味そうに飲むね」

そんなことを言う俺を見ながら、朱里がぽんぽん、と寝台を叩いた。座れってことらしい。

「飲むか?」

「頼むよ」

俺は寝台に座って、華佗は同じ杯を出して水を入れ、俺達全員に配ってくれた。冷たくは無いが、水分は取っていなかったに等しいので、久しぶりの潤いに喉が…………。

「っ……はぁ、ありがとう華佗。生き返るな」

「すみません。水分や食料は何も持ってこなかったので……魏にせよ涼州にせよ、一日もあれば近隣の町に着くのが分かっていましたから」

「誰も諸葛亮を責めてはいないさ。おかげで、俺達は美味い水を飲めている。だろ? 一刀」

「…………」

「一刀?」

華佗に呼びかけられて、我に返る。

「えっ? あ、あぁ……そうだな」

水を飲んだ。

あれだけ歩いたんだ。汗だってかいた。



なのに…………全く、喉が渇いていない。



渇いているって思い込んでいた。だが、一口飲んだら分かった。俺の身体は多少の疲労はあるものの、喉は渇いていないし……腹も減っていない。

食事なんて、いつから取ってないんだろうか? 例の部屋で目を覚まして、牢屋に入れられて……食事が運ばれてきたが、腹が減っていなかったから手はつけていなかった。

じゃあ……少なくとも俺は、四日以上は何も食べてないってことになるのか。

「…………」

劣化加速の影響として、そうした不具合が身体に残っているとしたら、結構まずいな。空腹を感じない、喉も渇かない。

そう感じているだけで、身体は間違いなく腹を空かせているし、喉だって渇いているはずだ。そう思わない、感じてないからって、飲まず食わずはかなりやばい。どっかで能動的に食べるようにしないと。



それに……もう一つ、問題がある。



これは…………なるべくしてなっているから、仕方がないんだが……。



「さて、申し訳ありませんが。まだ日がある内に少し外に出てきますね」

そう言って、朱里は杯をテーブルの上において部屋を出て行こうとする。

「どこに行くんだ?」

「ちょっと目立っていたので、愛紗さんの服の替えを。自分の分は少し用意してきましたけど、さすがに血塗れの服で歩くのはまずいですし」

「あぁ……」

そういえばそうだ。布にだって血が多少付いているし、町の人の目が関羽に向けられているのは分かっていた。

が、多少だと思っていて気にしていなかったな。それ以前に、血塗れの服を女性に着せたままってのはやばいね。

「それもそうだな。じゃあ、華佗は朱里についていってくれ」

「俺が……? だが、良いのか?」

珍しく、すぐに了承が来ない。



これは……華佗にはやっぱり、気付かれているか。



「大丈夫だよ。それより、朱里を一人にする方が不安だから」

「……そうか、了解」

大丈夫だと判断したのか、すぐに歩き出す華佗。

「え? わ、わたし一人でも大丈夫ですよ? まだ日も高いし、ここは治安が悪いって訳ではないので」

「だとしたって、何も起こらないって言い切れないだろ? 朱里の頭脳はともかく、戦闘能力に期待も何もないって思ってるし。いいから、さっさと行って帰ってきてくれ」

「だとさ」

「むぅ……分かりました。それじゃ、華佗さん。よろしくお願いします」

「そんなことを言う必要はない」

二人は連れ立って部屋を出て行く。

「ちなみに、どんな服を買うんだ?」

「愛紗さんは実用性を兼ねているので、出来るなら似たような服を――――」

そういった会話が遠ざかっていき、少し騒がしかった部屋の中が、すぐに静まり返る。

さて……次に、俺がすべきことは。

「関羽、こっちに来い」

「はい?」

椅子に座ってぼんやりしていた関羽に、さっきの朱里の真似をするようにぽんぽんと寝台を叩いた。

「どんな服を買ってくるのかは知らないが、多分情報収集も兼ねて動いてくるだろう。十分やそこらで戻ってくるとは思わないから、今のうちに少し寝ておけ。二人が戻ってきたら起こす」

「いえ、ですが……」

椅子ごとこちらを振り向いて、渋い表情を作るけれども。

「俺の言うことを聞け。分かったな?」

「っ…………はい」

本当に渋々、といった感じで立ち上がり、入れ替わるように俺は椅子に座る。関羽は布を取って、そのままさっさと寝台に横になった。血は渇いているから、ベッドが染まるってことはないはずだ。

「北郷殿」

「ん?」

背中を向けていたわけじゃないが、正面を向いて関羽を見ていたわけでもない。

ただこれからどうするのか、少し具体的に考えなければならない――なんて思っていた時、

「ご無理は、なさらないでください」

「…………何が?」

「純粋な体調の悪さ……という意味であれば、私だってそれなりに分かります。一番分かるのは華佗で、分からないのは朱里でしょうね」

身体は関羽に、頭は朱里に悟られる。

…………やっぱり、俺が求めている結果を言う訳にはいかないのかもな。

「違和感でもあった?」

少し布団を被って、既に下がりつつある瞼をむにむに撫でながら言う。

「さっき飲み物を飲んだ時、少し……」

「……そっか。気をつけるよ」

そっちの違和感か。なら良かった。

「気をつける必要はありません。むしろ、頼ってください。でなければ、我々が共にある意味がない」

「追々慣れていくさ。人に頼るってのは……言うほど簡単なことじゃないからな」

「……深く、考えすぎなのですよ。北郷殿は――」

「さっさと寝ろ」

俺は会話を断ち切る。そんなことを話したくて連れてきた訳じゃない。

関羽は少し目を細めて……どこか悲しそうな顔を作ったが。

すぐに俺に背を向けて――次第に、落ち着いた寝息が聞こえてくる。どんな状況でもすかさず睡眠が取れるのは、戦士として素晴らしいものだって……春蘭が言っていたな。



「……………………ふぅ」



逆に、俺は熱く、淀んだ息を吐いた。

ぶわっと汗が全身から噴き出して、思わず頭を押さえる。

「くっ…………」

ここに来る途中から、既に感じていたが……。

朱里と関羽、二人の穴ってのは想像以上らしい。心臓が嫌にバクバク警笛を鳴らすし、吐き気もあるし、視界が明滅するのは日常茶飯事かってぐらいの自己主張。

関羽に体調がどうのって言われた時は、バレていたのかと内心焦ったが……そこの違和感で無かったのは良かった。何かしら、いつも関羽には勘付かれているが……まだ直接的にこのことは話していないし、必要がないのなら、これ以上の深入りはさせたくないんだが……無駄な重荷になり兼ねないし。

「はぁ……はぁ……」

胸を撫で下ろすように、落ち着いて呼吸を繰り返す。

後で華佗に見てもらわなければ。多分、華佗も気付いてはいると思うし……。

空腹の件も含めて……面倒なことが重なるな。





     ◆  ◆  ◆





「今、曹操さんは涼州の人達と既に一戦を交えたようです。その段階で、一度進軍を停止。何か策を講じていそうですね」

「だろうな」

あれから、一時間半ほど。

案の定、朱里は情報収集をしてから戻ってきた。寝ていた関羽も起こして……買ってきた、見た目としては全く同じ服を着せて。

関羽はそのまま寝台に座り、俺、朱里、華佗はテーブルの椅子に座って会議を開始。

「具体的に、どのようなことをしているのか分かります?」

朱里が前の世界という明言を避けて話す。

前の世界だけで言うなら……。

「涼州には目立った娯楽がない。俺なら、そこを利用するな」

ふむ、と朱里が頷く。

「なるほど……彼らは騎馬を使った間断のない攻めと奇襲を得意とします。そのいつでもやれる、という時間を調整させるんですね」

「可能なのか? そんなこと」

「可能ですよ。少なくとも、わたしなら出来ます」

華佗の言葉に、あっさり断言する朱里。この自信の深さは見習わないと。

「我々は涼州に向かっていますが、実際辿り着いたらどうなさるおつもりですか?」

「この戦いの後に、少し厄介なことがあってな……そのための前準備も兼ねているんだが」

俺は背もたれに寄りかかって、右側に居る関羽を見る。

「……?」

何ですか? という感じで見られて。

「……お話したら、大変ですか?」

「だが、話さないと話が進みにくいよな」

「まとめて面倒を見てやる。今だってそうだろ?」

「まとめて……? え? それって、一刀さま、今この瞬間も具合が悪いんですか?」

「華佗……この二人の前で、そういうのは言わないでよ。心配性が過ぎるんだ」

「話についていけてないのですが」

分かっている三人と、分からない一人。

「何か言い難い……ということであれば、説明しなくても結構ですよ。私は私で、北郷殿の傍でやるべきことを見つけるまでですので」

「今はそれでもいいかもしれないが……魏に戻っても、そのスタンスだとまずい」

「すたんす?」

「あっと……立ち位置って意味かな」

「最低限、魏に協力しろと?」

「それはやだなぁ……」

蜀の名将二人から、早速抗議の声が。

「お前らな……蜀と戦えるとか言っていただろ」

「一刀さまのために蜀の仲間を殺すのと、魏のために蜀の仲間を殺すということであれば、それは意味が全然違いますよ。以前政務のお手伝いも出来るようならさせて頂くって言いましたが、それはあくまで一刀さまと一緒にいる時間を作るための口実と、本来の目的のために時間を割けるようにするってだけですし」

「死なれたら困りますから、戦場で北郷殿の命令は聞きます。生き残る程度の命令を、ですがね。官渡のように部隊を指揮しろ、とか言うのであれば、私は私独自の判断で動かせて頂く。貴方の命さえ守れれば、魏はどうなっても構いませんからね」

「俺のために、というのを理由として、魏のことを考える……受動的に動くってことか」

「そうなりますね……あ、でも愛紗さん。魏は滅ぼしたらダメみたいです。そうすると、一刀さまが同時に死んじゃうので」

「……はぁ? 前にもそんなことを言っていたが……朱里、お前そんなことを信じたのか?」

「信じられる、と判断しました。その話を……した方が良いとは思うんですが」

朱里に見つめられる。

「……やれやれ。関羽、今から言うことは当然だが極秘だ。誰かに漏らしたり、そんな素振りを見せたら、俺はお前とこの話を聞いたそいつを問答無用で殺す」

「そんなことがあり得るとは思えませんが……以前、話していたことと関係があるのですか?」

「ある……というか。大体、お前の言うことは当たっていたんだよ」

牢屋で言われた数々の言葉。

あれ……確証がないっていうだけで、その殆どが真実だった。

「必然性の話だ。確かに俺は、俺にとって必要になることを行うことしか出来ない……というか、それ以外のことをやっている時間が殆どないってことになる」

「しかし、それを行なえば……」

「死ぬ、な。俺も。それを知った、俺の周りの人間も」

関羽が朱里を見る。

朱里は曖昧な感じで頷いて、

「……桃香さまのためです」

とだけ、言った。

関羽は視線を俺に戻す。

「前提を先に言おう。俺は未来から来た人間だ」

「未来……?」

少し、驚きの表情を作られたが。

「…………なる、ほど。いえ、そうか…………そうなんですね」

視線を俺から外し、口元に手を当てて……頷いて、頷いて、頷いて。

「思い当たることでも?」

「朱里との会話が、それで妙に合致するな、と。予定調和といっていたことや……桃香さまが蜀を建国することも、知っていたということですね?」

「そうなんだが……まだ、この話には裏があってな」

「裏?」

俺は指を二本立てて、



「未来からこの世界に来るのは、二度目なんだ」



それを口にしたと同時に――ズシン、と身体が重くなったのを感じた。



「ぐっ……!」

視界が明滅を繰り返す。意識が飛びそうになり、歯を食いしばって必死に耐える。

「一刀さま!?」

すぐに朱里が俺に歩み寄ろうとしたが、真っ先に立ち上がった華佗がそれを制す。

「いつものか?」

「かも、ね」

華佗が赤い気膜を纏い、俺の背中に手を当てた。それで、少し身体が楽になる。

「鍼は刺さなくて良いんですか?」

「まだ、話すことがあるだろうからな」

と言いつつも、片手には赤い気膜を纏った鍼が握られていた。用意が良いことで。

「大丈夫、なのですか? 苦しいのなら……」

「一度、俺は魏に降りた。そこで、蜀と呉を潰し……三国の平定を魏で迎えることに成功した」

俺は話を続ける。

関羽は口を強く結び、今はただただ、聞くだけの姿勢を取った。

「だが、そこで俺は今のこの感覚に負けてね。そこで……どうなったんだろうな。色々言い方はあるんだろうけれど……俺自身の感覚としては、俺は確かに、そこで死んだんだ」

けふっ、と咳が一度出た。

ぴちゃっ、と床に血が飛び散る。

血……吐血? 吐血は……初めてだけど。

「…………華佗?」

「かなり重い。意識を無理矢理俺が繋ぎとめているというのもあるが……吐血は、やめろ、寝ろって警告だな。その理由の三割は話、残り七割は……」

華佗が二人を見る。朱里は辛そうに指を組んで俺を見て、関羽はまだ意味を分かっていない。

ふーん……いつもは強制的に意識がシャットアウトされるけど、そう出来ない状態になったら、今度は別の方法で教えてくれる訳か。

「続けようか……。俺が死んだ理由として分かっていることは、俺が知る未来。その未来の道筋をなぞらなかった場合、俺という存在は死を迎えるということだ」

「未来……?」

「そうだ。元の世界と俺は呼んでいる、数千年先の未来。そこでは、魏が三国を統一することはなかった。この後に起こる大きな戦に置いて敗北し、魏は決定的な力を失うことになるんだ」

口の中が血生臭い。心臓がポンプのように動いている。まさに、やめろって叫んでいるように。

自然と、手が左胸に動いて、握られる。

「元々、兆候はあった。死ぬはずの夏侯淵を助けたこと、先の言った戦を勝たせたこと……他にもあるが、その二つが特に大きい」

「夏侯淵さん、死んじゃうんだ……」

朱里の呟きを拾いつつ、

「魏がそれらの“本来”を与えられずに勝ち進み、三国が平定されて、俺が消滅ってのは話した通り。そこで……さ、関羽に朱里。君らは当然、蜀にいた」

「あっ……」

関羽がようやく分かった、という顔をする。同時に、朱里と同じように、俺を気遣うように、苦しそうな表情をして。

「君らを蜀から連れ出すということは、それ相応の痛みが俺と同居し続けるということだ。これからのことも考えて、その足枷は本当に邪魔になる。でも……」

「知られすぎた、分かられすぎた、勘付かれすぎた……結果、蜀にわたし達が居ても同じぐらい危険な状況になると思ったんです」

辛そうな俺の代わりに、朱里が喋る。

「……我々が知りすぎて、核心がなくても適当なことを言って、それが当たっていたら問題があるから……ですか?」

「違う。知りすぎて俺に近付きすぎると、こうなる」

自分を指差して――――朱里を指差す。

「……そうか、朱里と同じ……!」

「動けなくなって、周りが気にして調べて、その連鎖が続くと……最悪だ。蜀が廃人だけの国になってしまう」

「だから、一刀さまはわたしを連れ出そうって決心したんです。それ以外にも……まぁ、ちょっとありましたけど」

椅子に座った足をぶらつかせながら、少しだけ顔を赤くして言う。勘違いされそうな態度はやめてほしいんだけどな……。

関羽はそれには気付かなかったようで、話は続いていく。

「だが、朱里。お前や私がいなくなり、北郷殿も見つからないとなれば意識はそちらに向くはずだ」

「大丈夫です。それなりの対応はしてきたし……雛里ちゃんにもお願いはしておきました。愛紗さんのことは……もしかしたら程度の触りだけ書いておいたんですが、それが役に立ちそうで良かったです」

「手紙で?」

「です。わたしの信頼出来る凄いお友達ですよ。一刀さまは知っていらっしゃるでしょうけど」

あの包帯の女の子だよな。この世界で見たのは、それだけだ。

「俺がここに来た理由ってのは、俺自身にも分からないことなんだ。だから朱里には最初、それを調べてもらっていた。そういう前例がないか、事例がないか……紆余曲折あって、今じゃこんな関係だけどな」

「どちらにせよ、一刀さまは二度目なんです。これが三度、四度と繰り返されないとも限らない。だから、元の世界に戻る方法を調べたりしていたんですが……」

「それで、あの不調か」

朱里が頬を少し掻いて、

「一刀さまは、一度目と同じ道筋を選んでいます。一度目の最後で、一刀さまはある方に負い目を持った。それがもしかしたら、二度目の原因になったかもしれないと言って」

「ある方……」

華琳だって、すぐに分かるよな。伏せてくれはしたが。

「可能性としては低いがな……でも、俺は俺のこの感情に逆らえない。だから……俺の目的を完遂するために、今はこうして動いているのさ」

「しかしそれでは、北郷殿は最後には……!」

「死なない、らしいです。そこはわたしにも話してくれないんですよね」

むぅ~……と、唸りながら睨まれる。

「華佗は知っているのか?」

「あぁ」

にべもなく頷く華佗。

「ふぅん……」

「ほう……」

当然のように、不満そうな女の子二人。面倒くさい。

「華佗さんには教えて、わたしには教えてくれないんですね」

「まぁね」

「それだけ、華佗は信用されているということですか」

「……信用、とは違うかな。ただ、君らと華佗じゃベクトル……次元が違うって言い方が、大袈裟だけど正しいんだろう」

俺の普段の行いで気付いた朱里&関羽と、そもそも大前提である黒幕のような存在に導かれて現れた華佗。

出会い方と知り方が違うんだ。俺を通じて裏側を知った二人は、こうなってしまったのはある程度流れの中で仕方ない部分もあった。気付いたら、どうしようもないって状況に近い。

だが華佗は、元々ある裏側を見てから俺と知り合った。そこから逃げることも、目を逸らすことも華佗は選択できた。

だけど華佗は、それをしなかった。状況が違うというのもあるが、覚悟の度合いが俺の中で華佗は違うんだ。

「同じ道筋だが、今回は華佗がいること、色々と調べているということ、朱里と関羽、他にも同じ立場の奴らが数人居る。前と全てが同じ……ということにはならないさ」

「はぁ……北郷殿が生き残る算段があるのですね?」

結局教えない俺に嘆息しながら、関羽が言う。

「なきゃ、やらないよ」

「…………なら、いいです。そこを聞いて安心しました」

しかし、と言いながら関羽が腕を足を組む。

「ならば……北郷殿は確実に生き残れるという保証があり、それを朱里が策を考えつつ手伝うというのなら……私は、こうなる北郷殿を絶対に死なせないようにすればよいのですね」

自分の役割を再認識し、明確にしていく。

「元々は、朱里がやろうとしているようなことも、私がやるつもりだった。だが、頭で考えるようなことは、朱里に任せた方が確実且つ迅速だ」

「そうですね。そこは任せてください。代わりに先程愛紗さんが言ったように、一刀さまはこれから政務中から戦場でまで、どこでもいつでも突発的にこうなることがある。そうなったら、華佗さんは治療で手が塞がるから、どうしても無防備な瞬間が生まれちゃいます」

「こうなるこうなるって、お前らな……」

「事実でしょう? …………私達のせいだということは、分かっているつもりです。ですから……絶対に守りきります。官渡のような無様はもう、二度と晒しません」

華佗と関羽の目が合っているのが分かる。

「俺はお前を信用も信頼も、期待すらしていない。裏切りがあるとは思わないが、それと同等のことをやりかねん。それだけのことを、お前は一刀の前でほざいたんだ」

「……分かっている。口だけで評価が上がるなんて思ってはいない」

俺を挟んで、二人が火花を散らす。

……あまり、俺の知らない部分での仲違いはやめてほしいが……華佗にとって、関羽は許せない立場の人間だろうからな。

険悪な雰囲気になりかけたところで、朱里が二人の間に入る。

「まぁまぁ、分かりやすくまとまったようで何よりです。わたしはわたしで一刀さまがどうしてこちらに来たのか、三度目を防ぐにはどうすれば良いか、元の世界に帰るにはどうしたら良いのか、一刀さまが死なない可能性をより強くするために、必要なことは何か。それらを考えていきますね」

「朱里が政務に手を付けず、出来る限りの自由な時間で調べ物をするということは、すぐに相応の結果が出そうだが……大丈夫なのですか?」

関羽が言いたいのは、朱里の体調のことだろう。

「華佗がいるよ」

「華佗も含めて、です」

「俺のことは気にするな。俺には俺の目的があって、一刀に同行している。一人が二人に増えようが、三人に増えようが……忌々しいことに代わりはない」

「忌々しい……?」

関羽が眉を潜める。

華佗は誰よりも、この症状に憎しみを持っている。

自分が気付けなかった。

治せなかった。



そのせいで、俺が死んだ。



そう責任を感じ、それこそ二度目を起こさないために。

だから、こんな強い言葉が出るのもしょうがない。

「華佗は華佗なりに考えているのさ。大丈夫、俺の目的が完遂するまで、華佗が俺を裏切ることはないよ」

「それは間違いないな」

華佗が笑う。あまり良い笑い方じゃないな。俺が言えたことじゃないが。

「……私からの確認は以上です。北郷殿からしたら、まだ気になることがあるでしょうけど」

「そうだな」

俺に襲われたってやつ。それが気になりはするが……。

「一度治療だ」

「言われると思ったよ」

嘆息する俺の首に、華佗が鍼を刺す。

途端に、楽になる身体――――だが、頭の中に嫌な鈍痛が残ったままだ。

「どうだ?」

「少し、頭が痛い。痛いっていうか……鈍いっていうか」

「…………ふむ」

別の鍼を、今度はこめかみに刺す。こめかみから頭の中に鍼が埋まっていく様を見て、朱里が「うっ……」と声を出したが、痛みは特にない。

ないが…………。

「治ってないって顔だな」

「そだね……後で、話があるんだ」

「別件か。分かった」

劣化加速の名残のことを話していない。これはあくまでも喪失感の排除をしているだけで、そのための治療をしているのだとすれば、この痛みは無くならないだろう。

「大丈夫なんですか……?」

「色々と問題のある身体だ。痛みの種は一つだけじゃない」

「でも、それはわたし達に関係がないから、話してはくれないんですよね……」

「話すかどうかは、時と場合によるとしか言えない」

朱里は本気で本当に心配している。そして、相談されない自分にか、それともただ耐える道を選んでいる俺にか、どこか悔しさという感情が瞳に映っている。

「……じゃあ、今はいいです。先に、わたしの話を良いですか? 涼州についてから、何をするのかを知りたいのですが」

「あぁ、それか」

俺は華佗が着席したのを見てから、口を開く。

「簡単だよ。馬騰を殺す」

「え?」

「……馬騰を?」

華佗は何も言わず元の椅子に座り、腕を足を組んで背もたれに寄りかかった。

「あぁ。夏侯淵が死ぬ戦い……定軍山で起こるんだが。その戦いの前に、試してみたいことが幾つかあったんだけど……」

本来の予定とは大幅に変更になってしまったな。

「定軍山で、ですか。どのような戦いなのですか?」

「蜀の動向を偵察するって話だ。簡単に見える内容だが、実は定軍山では既に蜀が待ち伏せしていて、夏侯淵はそこで討ち取られる」

俺が、朱里を見る。すると、朱里はとん、とんと机を指で叩きながら、

「伏兵を置いて、気付かせないで定軍山に足を踏み入れさせて……そこを仕留める、という策を考えるとは思います」

「朱里が考えたんだろ。そんなことを聞きはした」

「誰もまだ取っていないという風に見せかけて、誘き寄せ、相手の出鼻を少しでも挫いて……ぐらいだと思いますけどね。だけど、その出鼻が……夏侯淵さんだって言うのなら、大物過ぎたんでしょう」

「おかげで魏は大打撃だが……まぁ、それは良い。俺がやろうとしていることだが」

一度言葉を切って……三人の視線が俺に集中しているのを感じながら、

「俺は、夏侯淵に代わって、定軍山に向かいたいんだ」

「代わりに……?」

「可能、なんですか? 夏侯淵さんが死んだからと先程仰っていましたが、そう言うからには元の世界でも前の世界でも、夏侯淵さんは死ぬべき存在だったということになりますよね?」

関羽の言葉を引き継ぐように言う朱里に、同意の意味を持って頷く。

「そうだ。そこから色々致命傷が俺に食い込み始めたんだが……」

今回のその問題点は、華佗に解決してもらうとして。

「これは、華琳の意思そのものを変えるってことだよ。夏侯淵が向かうということであれば、俺はまたそれを捻じ曲げなくてはならない。そうなれば、前の世界と同じぐらいの傷が俺の内部に出来ることになる」

「曹操さんが一刀さまを直々に指名したら、その傷は無いものになる……訳ないですよね?」

「あぁ。だが、決められた法則を捻じ曲げるのと、決められた法則を事前に変えることが出来るかどうか……」

「それを試したいんですか、北郷殿は。というより、まだ試しておられなかったのですか?」

「似たようなことはしていたが、決定的な痛みを負うのがその戦いからなんだ。それまでの影響なんて大小の差はあれど、大したものじゃないよ」

言いつつも、何度も倒れたが。それを知っている華佗は黙ったまま話を聞き、朱里は…………何か言いたげな顔をしているが、特に口にすることはなく。

「曹操さんは、この世界の法則とやらは知らないんですよね?」

「俺に関して思うところは多いだろうが、それは間違いない」

「それなら確かに、一刀さまがやろうとしていることは面白い試みだと思います。それまでの影響の結果、法則の中にいる曹操さんが、自ら法則を変えてくるか否か。変えてこないというのであれば、わたしが幾つか描いた策を使ってください。思いつく限り、周りに影響は殆どないはずです」

「頭の回転が早いのは本当に助かるよ」

「お仕事ですし……私情も多分に挟まれていますけど。そして、曹操さんが変えてきた場合。そうなると、それは世界の法則そのものが、元の世界との決別を選んでいる、もしくは選びかけている途中とも判断が出来ますね。一刀さまは、そういうことを言いたいんですよね?」

「そうだ」

華琳が自ら俺を選ぶという、決断。

それは、元の世界とは既に違う結末を歩んでいるということになる。その時点で、俺が最後に死ぬという結末が、変わるという可能性が生まれてくるってことだ。

前の世界で、俺は自分の意思だけで無理矢理華琳や魏のみんなを動かし、秋蘭を助け、赤壁で勝利をもぎ取った。

だがそれが今回、建前や理屈はあるが、俺の功績を見て華琳が自分の意思で、俺を定軍山に向かわせたら。

その時点で元の世界とは別の世界になったとも言えるし、秋蘭は死なないだろうし、俺は内容を知っているから、対処のし様は幾らでもある。

これらが噛み合ったとすれば純粋に俺の中にある希望が大きくなるし、もっと他の、より良い未来を掴み取れる可能性だって広がるはずだ。



まぁ……もう一つ。



もし、秋蘭がそのまま定軍山に向かうことになってしまったら。

その時はその時で……また一つ、打算がある。

死んだ人間は戻ってこない。そのはずだが。

「…………」

「…………」

ちらり、と華佗に視線を移すと、華佗は何も言わずに頷く。

秋蘭が死ぬ。

だが、華佗の能力で復活させたら…………状況は似たようなものだ。

しかし強引過ぎるやり方でもある。それに、秋蘭ほどの影響力がある人間を死んだとしてから蘇生させた場合…………どう、なるか。

前置きがあった顔良の時とは違って、容赦なく処理される可能性だって否定しきれない。前の世界ではなくて、今の世界でもなかったが……。

前の世界の最後のようなことが、顔良が死んだ時に起こった。これが一度目だとして。

次に秋蘭の影響を受ける時、しかもそれが生死に関わる程の重い内容だとして、無理矢理捻じ曲げたら……これが二度目にならないという保証もない。

二度目も前の世界の最後や、顔良の時と同じで前置きがあるだろうから、華佗に治してもらえばいい……という前提がいつまでも成り立つはずもない。だとしたら、次は一瞬で首を切られるかもしれない。



…………なんて、朱里や関羽に話したら、どう思うだろうな。



俺を意地でも止めるか、他の打開策を見つけ出してくるか……。


高確率で止めるって内容になりそうだし、本当に廃人になるぐらい悩んで、考えて、行動してくれそうだから。

そこまでされるってことは、俺にも悪い影響が出る。

…………話しにくいなぁ。もっと彼女達をしっかりとした形で有効活用できれば、事は簡単に済むかもしれないのに。

「…………かなり難しい話ですね。人一人の判断が、北郷殿に多大な影響を与える」

「華琳ぐらいだろうけどな、俺に影響を与えられることが出来るのは」

桃香も同じぐらい厄介なんだが、それをこいつらの前で口にしたくはない。

「我々は、その範疇にはないのですか?」

「断言出来るような要素はないが……多分、出来ない。知ってしまっているだろ、裏側を。知らずに世界の流れの中にいるのと、知ってしまって、流れから逸脱した俺ら。裏に居る俺達は、もう世界の流れに影響を与えることは出来ないと考えて動くべきだと、俺は思う」

出来ていると思っていても、それは外側から手助けしているだけであって。中から中身を演出出来ているわけじゃない。舞台で言うなら、俺らは舞台に立つ演者ではなく、一度その劇を見た上で、二度目の観客として劇の内容に文句を言うようなものだ。

「そうですね。希望的観測で動くことは一切ないように。最悪の事態を常に想定して、そこに足を踏み込まないことを第一に策を考えるようにします。成功案よりも、妥協案の方が大事って難しいな……」

腕を組んで、色々と考えを巡らせてくれる朱里だが。

「朱里、改めて聞かせて欲しいのだが」

関羽がその思考にちゃちゃを入れる。かなり、真面目な顔で。

「わたしがどうして、一刀さまに着いてきたか……ですか?」

「あぁ」

そこはそこで、関羽は気になるだろう。確執は取り除いておくべきだし、俺は一度背もたれに体重を預けて、成り行きを見守る。

朱里は「んー……」と、上を見ながら考えつつ、

「んっと……まず、第一は一刀さまが死ぬと思ったから……かなぁ」

「俺が?」

急な話だな。桃香が大前提だと思っていたが。

「そうですね。桃香さまがやたらと一刀さまが気に掛けるのは……色々私情があるとは思うんですが。でも一番は多分……命を助けてくれたのに、一刀さま自身は生き残る気が全くないから、気になって気になってしょうがない……とかだと思ったんです」

「桃香さまの仰りようと、北郷殿への執着は私も理解している」

「そうですね。でも、それを本当の意味で理解しているのって、多分見る場所、見てきた場所、感じた内容……全部が全然違いますけれど、わたしと愛紗さんだけなんですよね」

ということは、他の蜀の面子は桃香がどうして俺に執着しているのか気付いていない……?

なわけはないか。気付いていないではなく、分からないと思っておくべきかな。

「わたしはあの時、一刀さまが桃香さまを想う声を聞いた。それを聞いたのは、一部の兵士とわたし、そして当の桃香さまだけ。だからわたしは、あの声をあれだけの意味を持って、それを自分の名前で表されたら……大体の人は……その」

「その?」

俺が続きを促すと、朱里が少しバツを悪そうにしながらも、

「……まぁ、惚れ込む……んじゃ、ないでしょうか。当事者じゃないわたしだって、あの時の一刀さまの声には心が揺さぶられましたし……本人の桃香さまは、それ以上の衝撃で、その上で命まで救って……となると」

「聞かない方が良かった内容だな、今のは」

「ですが、桃香さまはそれだけ北郷殿を慕い、敬い、救おうとしておられます。北郷殿自身にご自覚は薄いかもしれませんが」

「それは呪いだって言ったよ。でもあいつは、呪いだろうがなんだろうが、もう俺を救いたくてしょうがないって言ってた」

「何故、劉備は一刀に構う? 命を助けられたといえばそうなのかもしれないが、一刀をこうして生かし続けようと判断し、実行させたのも劉備だろう? 命と命、同じ価値観じゃないのか?」

珍しく華佗が会話に参加してくる。

「……守るために死ぬとか、戦いで死ぬとか、政務で力を尽くすとか、田畑を耕すのが楽しいとか。色々、生きる意味がありますよね」

「あぁ」

「華佗さんは、どうして生きているんですか? 目標とか、あるんですか?」

「俺は一刀を最終目標に導き、それを達成させるのが目的であり、人生だよ」

うん、と朱里が頷く。

「今、それを仰った華佗さんは、とても自信に満ち溢れていて、何より満ち足りた顔をしているとわたしは感じました。愛紗さんはどうですか?」

「……華佗に、それ以上の生きる目的があるとは思えん」

「ま、まぁそれがそうであるかはわたしには判断できかねますが……ただ、本当にそこなんですよ」

「ん?」

何が?

「満足しているかどうか、です。桃香さまは、一刀さまを見て、一刀さまの声を聞いて……一度も一刀さまが満足していない、満足出来ていないって感じているんだと思います」

あー……。

それは、なんというか。

「戦うのが楽しい、政務が楽しい、耕すのが楽しい、人助けが楽しい……どこかに自分のやりたいことがあって、どこかで満足感が得られるから、人間は頑張れるものです。でも……」

「北郷殿は常に必死です。必死に足掻いて、苦しんで……どこまでもそれが続いて、続きすぎて、どこで満足して、どこが充実していて、どこが楽しいのか」

「わたしは分かりませんでした。愛紗さんも……そう言うからにはそうなんでしょう。だとしたら、桃香さまは?」

「……君らより感覚的に聡い桃香は、それをより濃く実感していて然るべき、ね」

なるほど。俺が満足出来ていないか。

「…………なるほどなぁ」

頭の中で考えていた言葉が、自然と口に出る。

「少しは分かったよ、劉備のことが。そして、焦るわけだ」

「何がです?」

朱里の問いに、華佗がこう答える。

「一刀の満足は、最低限前の世界で消えたあの瞬間まで辿り着かなければ得られないものだ。だがそこは限りなく死に近く、その途上にも死が転がりすぎている。救いたい、なんて真正面から言う奴には、一刀のこれからは絶望にしか見えないだろう」

「そうなんだろうね。だから桃香は、その道から俺を外したいんだ……本音はね」

しかし桃香は、それは出来ないと言った。無理にそれを行なえば、それが人としての尊厳を破壊すると。

……あの子、やっぱ割りと考えてるんだなぁ。朱里のような通訳がいれば完璧だけど、そういう状況って中々ないだろうし……。

「本音はね? って何ですか?」

「密談をしただけだよ」

内容は言えない。今回のこの話で、やはり桃香はどこまでも核心を見つけ出してきているから。

「……いいですけど。話を戻すと、結局そこなんですよ、愛紗さん」

「そこ?」

「桃香さま一人じゃ、一刀さまは救えません。でも、桃香さまは一刀さまだけを考えていて良いお人じゃない。だけど、一刀さまをこのまま一人で行かせたら、ずっと桃香さまは一刀さまのことを考え続ける……」

「やるべきことはやる人だから、そこは問題ない。だが、それ以外の自由な時間が、全て北郷殿のことで埋まってしまうのは良くない……か?」

「分かりやすく言うなら、そういうことになります。わたしじゃなきゃ出来ないことは、正直に言うと蜀にはあまりないです。大体は雛里ちゃんがなんとかしてくれますし、新しく来てくださった将の方々の協力を得られたら、もっと上手くいくことでしょう」

「そういう意味で言えば、私の場合、星や鈴々がいるしな……」

「勿論、居た方が良いし、居なきゃいけないって場面もたくさんあります。だけど……蜀の中で、桃香さまが想う一刀さまのことを多大に理解し、尚且つ一刀さまを知っていて、おまけに一刀さまの中のことを許容出来るぐらいの結び付けが出来る蜀の人間……と、考えると」

「限られすぎる」

二人が、俺を見てくる。やめてくれよ、自分でも自分自身が幻みたいな存在だって自覚はあるんだ。

「わたしと愛紗さん以外には、居ないんじゃないかなって。まぁ、星さんは何か勘付いていそうですが」

「あいつは自分から深く突っ込んでこないからな。からかえる内容なら、すぐに顔を出すが」

「そういうところまでは、一刀さまと牢屋で話す前に大よそ考えてはいました。後は、件の牢屋で話して……より事実を知って、わたし自身が生き残るためにも……一刀さまと一緒にいなきゃダメだなって」

「生き残る……?」

その部分に強く反応する関羽。

朱里は自分の首をなぞりながら、

「です。殺されかけましたし、わたし」

「なっ――」

関羽の顔が驚愕に染まり、すぐに俺を睨みつけてきて。

「殺そうとして、何が悪い?」

「あ、あなたは……ッ!」

「良いじゃないか、再確認も出来て。お前ら二人は俺にとって、いつでも殺せる環境にいる奴らなんだ。忘れるなよ」

「っ……!」

眼光が強くなる関羽に、華佗が露骨に嘆息する。

「こういう奴なんだぞ、一刀」

「邪魔なら捨てるさ」

俺の言葉にも、華佗の言葉にも、何の温情もない。

それが分かるから、冷たすぎるから、関羽は悔しそうに口噤む。



そして……思わぬ援護射撃も加わる。



「愛紗さんは、まだそういった感情があるんですねー……まぁ、昨日の今日で、ちゃんとした説明が今なされたからかもしれませんが」

「朱里……?」

殊更冷静に、朱里が水を飲んで。

「わたしは結構、冷静ですよ? 必要になったら桃香さま以外は殺しますし、その対象が愛紗さんだとしても迷いません」

抑揚のない、冷たい視線が、関羽を射抜く。

「お前……!」

「そういう世界なんだって、覚悟はしてきました。一刀さまが桃香さまに害を為そうとした場合のみ、わたしは一刀さまを裏切りますが……そういう状況でもないのに愛紗さんが一刀さまを裏切ったら、どんな手を使ってでも口封じしないとなりません」

「決意っていうのは、そういうものだ、関羽。お前はやはり、まだまだ鈍い。俺も、諸葛亮も、他に一刀に手を貸す奴らも、その点に関してはとっくに察している」

「くっ…………」

四面楚歌、みたいな感じかな。

俺が助け舟を出してやらないと場がまとまらないか。

「桃香も俺も……本来相容れないものを同時に二つも無理矢理手にしようって言うなら、国やその周りの人間を潰すことへの躊躇いはなくしておけ。関羽で言うなら……張飛とか良いんじゃないかな」

「北郷殿、私は!」

「俺と一緒に来てくれるんだろ?」

関羽の想い……その場所と発生源が、俺と華佗とは違う。そして、朱里とも決定的に分かたれているのも分かった。

だから関羽は迷う。どこかで、犠牲がなくやれるって思っている。信じている。



…………そんな夢物語は、きっとこれから先どこにもないというのに。



「…………勿論、です」

「なら、良かった」

「認識の甘さや、決意の程度が知れたと思われたかもしれませんが……でも、それでも、私は私のやるべきをやります」

「関羽……!」

華佗が言葉を荒げるが。

「その上で私が必要なくなったと思えば、一思いにどうぞ。その段階で朱里がまだ生きているというのなら……私を殺すという判断が、最も正しいとなった時でしょうから」

「そう言っているけど?」

「……愛紗さんは、こういう人ですから」

理想論を追いかけ続ける。そんな状況でも、どんな状態でも、それを諦めず、挫けず、決して。

「私は……必ず、皆が生き残る世界に、そんな世界に、北郷殿も、朱里も、華佗も……連れて行きます。連れて行って見せる」

「そのためなら、誰でも斬れるって訳だ」

「必要以上の殺生はしません。誰だってそうだと思いますが」

「それは、勿論さ」

殺しすぎれば、その分俺へのダメージも蓄積されるだろうしな。

「でも、良かったですね。改めてこうして話して、わたし達の考え方みたいなのが分かって」

朱里が笑顔で言う。

この笑顔の下で、どれだけのことを考えているのか分かったもんじゃない。

関羽は分かりやすく理想を掲げるが……朱里は俺への摺り寄せが上手な分、今後の動向に注意が必要そうだ。

「一刀さま、今わたしに注意が必要だ……なんて、考えてませんでした?」

「鋭いね」

否定はしない。したって、状況は良くならないし。

何より、こういった察するのが上手なのは、彼女達の得意分野だ。だとしたらまず認め、その上で会話を発展させ、中身を引き出した方がよっぽど有意義に進む。

「少し心外ですけど……確かに愛紗さんへの当たりは強かったかもしれませんが、ここでこうして話しておかないと、愛紗さんだけじゃなくて、みんながそれぞれ勘違いしてそうで……」

「あぁ、それはそうかも。俺も想定外のところから援護が来たなって思ったし」

「それは私もだ……」

疲れたように言う関羽。

「それはその……ごめんなさいですけれど。ただ本当に、それだけわたしはちゃんと考えてるって分かって欲しかったんです。ちゃんと考えてて、今後のことも視野に入れてるって。だから……もっとちゃんとお話しましょうね、一刀さま」

隠してることを言えって言いたいんだろうけど。

「そうだね。一辺には無理だろうけど、少しずつだな」

「…………一刀さまは本当にけちんぼです」

「そんな言葉、久しぶりに聞いたよ。朱里が言うと可愛いもんだ」

近所の子供の我侭みたいで。

「なんか今、すっごく不名誉なことを言われた気がします! 可愛いって、そういう可愛いじゃないですよね!?」

「男が言う可愛いって言葉は、女が男に言う可愛いって言葉よりも、たくさんの意味があるんだよ。なぁ、華佗?」

「やめてくれ。そういう話題を俺に振るなよ……」

「華佗は色恋沙汰が苦手なのか」

「お前だって得意そうには見えないが」

「むっ……」

「話の方向性が変わってます。お二人を利用して煙に撒こうとしてもダメです!」

「可愛いって、本気で言ったんだけどな」

「本気なら尚更ダメだと思います!」

「やれやれ」

暗くなり過ぎたが、少し刺激したら場の雰囲気を持ち直せた。

朱里が分かってて、敢えて乗っかったのかもしれないが。

「もうっ。とにかく、わたしはそういう考え方でって話でした! おしまいです!」

「北郷殿はすぐに朱里を怒らせますね」

「全部俺のせいにするやり方はどうかと思うんだ」

魏でも割とそうだった。俺が本当に悪いこともあったが、大体は理不尽な当て付けだった気がする。

「それでさ、関羽」

俺は、ようやく聞きたいことが聞けると思い、関羽に話しかけたが。

「……この流れだし、簡単に言います。というか、簡単にしか言えません」

「というと?」

「私にも、どうしてあのようなことが起こったのか分かりません……説明が難しいのですが」

関羽が嘆息して、左腕を掴む。

「あったことを、そのまま説明してみてくれよ」

「そうですね。愛紗さんがついてくるって話もそうでしたが……それ以上に、身体を隠していた布についていた血。あれが全部、愛紗さんのものだっていうのは……正直信じられません」

「…………そうだな」

少し時間を置いたが、関羽は部屋の扉を指差す。

「何がありますか?」

「扉だろ」

「そうですね」

関羽が頷いて。

「ですが、あの部屋……扉はどうなっていましたっけ?」

「壊されていたな」

「どうして、壊れたのですか? 華佗に聞こうか」

「…………さぁな」

華佗は何も答えない。答えられないのが正解だが。

「あれは、北郷殿が壊した……のでしょうか?」

「俺? いやいや、違うよ」

もっと別の何かだ。

「あの扉ですが……確かに、壊れていました。それは、私も確認しております。でも……」

関羽が少し、遠い目をしながら部屋の扉を見る。



「朱里に言われた私は、何があるのかと思い、あの部屋に向かいました。道中、誰にも会わず……静かなもので」



ぽつぽつと、関羽が語りだすが。



すぐに、問題のある発言が飛び出す。



「私は……確かに、あの時……扉を開けて、部屋に入りました」



「は?」

俺も、朱里も、華佗も。頭の上に?マークを浮かべたことだろう。



「そして、扉が叩かれたのです。もしやと思い、誰かと問うと……」





“俺だ。北郷一刀だよ。開けてくれ、関羽”





俺の背筋に、




悪寒が、走る。




「朱里が言っていたのは、こういうことだったのか。そう思い、私は部屋の扉を開けました」



だが、俺が行った時、部屋の扉は同じように壊されていた。



そんな俺の思いが伝わったのか、関羽が薄く笑う。



「開けた――途端、でしたね。扉が割れるように砕け散って」



関羽が武器を持って、扉を差す。



「咄嗟のことで反応が後れ、砕けた扉の隙間から襲い掛かるように、大量の血液を掛けられて視界を封じられました。ですが、何者かが私を狙っているのは分かった。殺気が……尋常じゃなかったから」



関羽の笑みが、消える。



「それからは、対処して、対処して……しかし、視界がなく、私の傷が増えて……そこで、倒れた私に覆いかぶさるようにして、北郷殿は耳元で呟きましたよね」



「…………何を?」




「一言でした。“来るな、あるべき場所に居ろ”と」



あるべき場所……?



「そこで攻撃が止んで……何も、ここまでしなくても良いじゃないか、と思いました。来て欲しくなければそう言えばいいのに、邪魔だと言えばいいのに……こんな実力行使までして」



悲しそうに言う関羽だったが、すぐに声音が上がる。



「その直後ですね。私が……思考を止めて、呆然としている時に……北郷殿がやってきたのは」



「それが、俺か……?」



「はい。私のよく知る、北郷殿でした」



安心したように、まるで恋焦がれる女の子のような表情で言って。

「嬉しかったです。そして、分かった。私が相手をしたのは、北郷殿を模した何かだったのだと。私が知っている北郷殿はこんなことはしない、やるなら……もっと上手くやるだろうし……そもそも、準備もなしにあれだけの力を出せるものなのか、などなど。考えれば辻褄が合わない部分も多かった」

「…………そうか」

茶化すことは出来なかった。

それは…………中々に、面白いというか。

「相変わらず、面倒な場面ばかり見てくる奴だ」

「そう言われると思いました」

「でも……」

三姉妹のあの事例と、今回の関羽の事変。

似ているが……決定的に違う部分もある。

そして何より、俺に自覚はない。三姉妹の時も、関羽の時も。

特に今回は俺がちゃんと目覚めていて、尚且つ時間だけを考えれば……俺は星と一緒に居た時間ということになるだろう。




じゃあ、犯人は――――誰、か?




俺に犯行は出来なかったはずだ。



はずだ――――――――が?




「また、話してくれないことなんですね」

朱里が抗議の声を上げる。

「どうしてそう思う?」

「考え込んでました。話せることなら話しながら一刀さまはまとめます。でも、一言も口に出さないということは……」

「……ま、そうだな」

言うつもりは、確かにない。

ないが、やはり面白い事象だ。



俺にとって華佗がそうなんだとしたら…………三姉妹の時や、関羽が見たっていう俺は…………。



「……まずは涼州だ。色々あるだろうし、まとめようか」

「…………一刀さまは本当に、わたし達を利用しようって考えがあるんですかね」

とんでもなく不満そうな朱里はスルー。

俺が今考えていることは、誰にも話せないよ。華佗にだってそうだ。

話せるとしたら……“ここは何を口にしても安全”っていう状況を作り上げないとな。



「当面の目標は、涼州で馬騰を殺すこと。その目的は、それを俺の功績だとちらつかせて、華琳の俺に対する評価を上げることだ」



「曹操さんの性格からして、馬騰さんを引き抜きたいと思っていそうですが……」

「そうだな。ところで朱里、馬騰の情報は何か掴んでいるか?」

少し、朱里が首を傾げて。

「えぇっと……体調が悪くて、最近は娘の馬超さんが指揮を執っていることが多い……ぐらいでしょうか」

「馬騰はもうすぐ死ぬよ」

「えっ」

「なっ」

朱里と関羽が驚き、華佗は「だろうな」って顔をする。

「正確には、よっぽど華琳とは会いたくなかったんだろうな。魏が勝って、馬騰の私室まで押し寄せて。そこで、馬騰は服毒をして既に死んでいた。それが、前の世界での内容だ」

パチリ――と、脳内で痛みが走る。

一瞬だけ目を細めた俺を目敏く華佗は見つけて、また立ち上がって赤の気膜を纏い、俺の後頭部に手を当ててくれた。少し、頭がクリアになる。

「また、ですか?」

「これからこういうことは何度もあるだろうから、今から慣れておかないと。お互いに」

前ならこれくらいの会話で一々痛みを顔に出すぐらいのことはなかったんだが……名将二人の人生を狂わせていたら、そりゃな。

「そこで華琳は大いに悲しんでいたよ。本当に馬騰に会いたがっていた。だから、とも言えるな、今回の作戦は」

「…………ふむ」

口元に手を当てて、数秒、朱里が考えるように目を瞑ると。

「馬騰さんを殺すのは、毒じゃなくて……自身との戦いの結果だと。そうするおつもりですか?」

「話が早いな」

すぐにそこに繋げる辺り、さすがだ。

「どういうことだ?」

関羽と、華佗もそうだが分かりきってはいない様子なので。

「えっと――ん?」

俺が喋ろうとしたら、朱里が俺に人差し指を立てて首を横に振る。

「わたしが喋ります。間違っていたら訂正してくださいね。今回の行動の目的は、曹操さんの評価を一気に上げること。ここがまず大前提ですね。一刀さま自体の評価は既に一定のもの以上だと思われますが、恐らくただ評価が高いだけだと曹操さんの意思を変えるのは無理……だと思った方が良いでしょう」

俺の負担を減らすためだろうが、代わりに喋ってくれるらしい。華佗を見ると頷いているので、とりあえず俺は朱里に場の進行を任せる。

「そこで、馬騰さんを自分が仕留めたように見せる……というのは純粋に見た目と民衆の聞きが良い判断です。総大将を討ち取っている訳ですからね」

「馬騰とて、一角の将だが……北郷殿が本気を出せば、弱っている将など物の数にもならんか」

そうでもないだろうけどね、と心の中で。

華佗は今、劣化加速のストックがあるのかなぁ。関羽にやらせてもいいが……傷を見て、俺がやってないってバレそうなのが怖いというのもあるし……。

「一刀さまは、いつでもあの力を出せる訳じゃありません。ある程度条件と状況が必要です。そういう意味では、今回は先日の戦いのようなことは出来ませんね」

「うむ? そうなのですか。じゃあ、私が代わりに暗躍する方が良いのか?」

少し訝しむ目で見られたが。

俺が散々脅しで使っていたというのもあるが……そういう感じじゃないな、関羽の視線は。

「いや……」

でも今はまず、話をまとめることか。

朱里の言うことは、確かにそうなのだが。

それはそれとして、関羽の力を馬騰方面では使わないことにしようか――そう、言おうと思った矢先。

「いえ、それは良くないです。愛紗さんは武人としての力も能力も凄いから、見る人が見れば傷の具合で一刀さまじゃないと思う人が出てくることもあるでしょう。そうなって一度でも疑惑が生まれたら、今回の策は失敗。本末転倒です」

「ならば、どうする?」

「そこは俺に任せてくれればいいよ。上手くやるさ」

また肝心の内容を話さない……なんて思われそうだが。

朱里はそれでも良いと思ったらしく、話を続けてくれる。

「どう手を下すのかは、お任せします。わたしと愛紗さんが無理に出て拗れても嫌ですし……いつもやってきたことでしょうから、今回はそれを見させてもらいますね」

と、前置きして。

「役割確認を。まずこのまま涼州へ。今は涼州中央から見て、南東で戦が起こっています。ですので、西沿いに回り込めば、然程問題なく涼州に入ることは可能です。見張りなどは居るでしょうが、戦中なので恐らくは少量。話して通してくれれば良いですが、ダメなら愛紗さんと華佗さんで強行突破をしましょう」

「朱里にしては豪快な策……いや、策とも言えないようなものじゃないか?」

「そうですけど……軍を率いている訳ではないですし、ならこちらの圧倒的な力を持って押し通るのが一番です。百人までなら無傷でいけるでしょうし、それ以上居るというのなら被害が出ない策を講じます。後は何より、時間がそこまでないから、根回しなどをしているよりは……」

「安全に通れたけど、間に合いませんでしたってのは嫌だな。そうなるぐらいなら、誰かを殺してでも間に合わせた方が良い」

「極力そうならないように努力はします。でも、実らなかったらごめんなさい」

朱里がぺろっと舌を出す。過激な話をしてるのに、顔は涼やかだ。

「涼州についてからは、一刀さまを含めたお三方は小休止を。わたしは状勢と馬騰の居場所を探りに。数時間もあれば分かると思います」

「状勢が圧迫していたら?」

「安全に分かる数時間じゃなくて、危険だけどすぐ分かる数十分に切り替えます。わたしの見立てだと……ここから涼州の、馬騰さんの屋敷がある町まで何事もなく移動できて三日。妨害があったとしても四日ですが……」

俺に意見を求めて来る。前の世界の情報を照らし合わせて、間に合うかどうかを聞きたいんだろう。

「間に合うよ。まだ一週間は掛かると思う。娯楽を生み出して気勢を削ぐっていう、策の性質上もあるしな」



一応は、だが……。



ちょっとした不安要素があるんだよな。既に、前の世界と決定的に違う部分があるから。




「それが聞けて安心しました。曹操さんも、良い文官を持っておいでですね」

面倒そうに言うのは止めて欲しいもんだ。敵対すると大変だって思っているんだろうけど。

「ただ……ちょっと気になることもある。だから、早めに着いておくに越したことはない」

「気になること、ですか?」

「あぁ」

俺は一度頷いて、

「結果として、前と同じになったが……華琳は官渡での一戦から学習し、前の世界よりも情報収集に大きく力を入れている」

「……へぇ」

少し意外だったらしい。朱里が分かりやすく驚いている。

「本来なら、君らと開戦とほぼ同時に多方面に分かれていた魏軍は間に合う予定だったと聞かされた。しかし、どうしてか来なかったがな……」

「そのための時間稼ぎで、北郷殿は無理をなさった」

「わたしも周りを調べてさせていましたが、すぐ見える範囲に魏軍は居ませんでした。一刀さまを捕縛して、篭城戦を行ない始めて、三時間ほどしたらやってきましたが……」

「三時間か」

……前の世界よりは、確かに早い。早いが、華琳の中ではそういう結果ではなかったはず。

「何かがあって無理矢理修正されたのか、そもそもその情報戦のやり方に間違いがあったのか……これは、魏に戻るのが楽しみになってきましたね、一刀さま」

「嬉しそうだな」

「えぇ、とても。こういう話はわたし、好みなので」

「だろうさ」

朱里は少し嬉々としつつ、本題に話を戻す。

「では……いざ、情報が集まったら。機会が合うのであれば、曹操さんとの戦を利用して、わたしは目的地まで邪魔が入らないように動ける道筋を作ること。でも妨害が皆無にはならないでしょうから、愛紗さんは行く手を阻む敵兵の処理をお願いします。馬騰さんの場所に着いたら、愛紗さんはそこを死守。一刀さまと華佗さんお二人は、いつもの通り……で、いいのかな。やってくださいね」

「了解した。北郷殿から見て、他に私にやってもらいたいことはありますか?」

「傍を離れないでくれればいいよ。今回……というか、これからはさすがに俺から離れて行動しろ、なんて言わないからさ」

「古傷を抉るようなことは言わないで頂きたい……私だって、そのつもりです」

ここで、一度話が終わる。まとまったってことだ。

華佗が俺のこめかみにまた鍼を刺して……さて、と俺は頭の中で。


①まずは涼州へ西沿いに。三日から四日で到達出来る。魏の情報戦の強化という不安要素があるから、これ以上の遅れは取れない。

②涼州についたら、宿を取るなりして少し休憩を。状勢が圧迫していたら、すぐにでも行動開始。華琳が馬騰の死を見る前に、俺が殺人を犯したという偽装工作。その上で、華琳と再会する。

③速度が色々と求められるが、タイミングも重要だ。朱里が少しだけ口にしたが、殺した直後に華琳と出会うのが恐らくベストだろう。そう考えると、華琳が勝ち続けて町に乗り込んできたぐらいで、

俺らも行動を開始すべきだろう。


「……というところか」

「そうですね、細かい修正はこちらで行ないます」

「分かりやすくて助かりますが……ですが、北郷殿。馬騰殺しを行なうということは、曹操にとって予想外のことではないのですか?」

「嫌われはするだろうね」

おおっぴらにどうこう言わないだろうが。

「元々の予定の一つに、馬騰さんとの邂逅を楽しみにしている……というのがありますもんね。それを一刀さまの手で潰すって作戦ですし」

「色んな失敗があっての軌道修正だ。割り切っていくしかない」

「というより、曹操が悲しむ姿を見たくないのでしょう?」

…………え?

「一刀さま、そこで驚く顔を見せますか……わたしだって分かりますよ。服毒をして死んだとなれば、やり切れません。本当に会いたくなかったって思われていることですし」

「ですが、北郷殿が殺したともなれば話は別です。悲しみや憤りをぶつける場所が生まれる。そういうことを行ないたいのではないのかと、私は考えていたのですが……違いましたか?」

「…………いや、まぁ確かに驚いた」

その通りだ。

出来る限り、俺は華琳が悲しむ姿が見たくない。だから、今回の件を思いついたというのがある。

馬騰の死は華琳にとって相当のショックを与えた。本当に楽しみにしていたんだ、馬騰と会うのを。

だが馬騰は、それを一方的に踏みにじった。会話をする機会すら与えなかった。

前の世界と同じ道筋をある程度歩んでいる以上、華琳はまた馬騰と出会うことは出来ないだろう。また同じ悲しみを覚えるだろう。



それならいっそ……その行き場のない悲しみを背負い込むよりは…………。



「結果を分かっているからこそ出来る行動ですね」

「……私とて、同じ状況なら同じことをするかもしれん。桃香さまが悲しむ姿は見たくないからな」

「どう思ってくれてもいいさ。都合の良いように考えてくれ」

俺のそういった感情を話すつもりはない。

「そういうところがあるから、わたしは一刀さまを見捨てられないんですけどね……」

「ありがとう、朱里。君の美徳を利用させてもらうよ」

「ほら、また」

朱里が口を尖らせる。可愛いって言われる理由がまだ分かってないみたいだ。

「…………じゃあ、これぐらいでいいか?」

華佗が言う。

「どうかした?」

「さすがに腹が減ったよ。丸一日食わずで来て、服探しからの話し合いだ。食える時に食うものは食おう。そういう面で、俺はお前らを補助していけば良いんだろうしな」

「そうですね。華佗さんがいれば、わたし達が体調によって行動や策に不具合が発生するってことはないでしょうし。安心出来ます」

「……空腹は感じるな。だが、路銀は大丈夫なのか?」

「多めに持って来てはいますから。さ、食べにいきましょう。豪勢にはいきませんが、こういうのって大事ですよ」

「最初だしな。まぁ……これから改めてよろしく、二人とも」

俺がそう言うと、

「はい、一刀さま♪ こちらこそ、最後までお傍においてくださいね」

笑顔で返事をする朱里と、

「出来る限りはやらせていただきます。ですから、北郷殿も諦めないようにお願いします」

渋い顔で言う関羽。



対照的だが、非常に強力な二人だ。制限の中ではあるが、上手く使っていこう。





     ◆  ◆  ◆





「二人はちゃんと寝たのか?」

「多分。ただ、関羽は神経をすり減らしているから……多分俺らが外に出たのは気付いているだろうね。時間が経っても戻ってこないなら、探しにきそう」

深夜。

俺と華佗は、二人が寝たのを見計らって、宿の外に出た。出入り口を背にして扉に寄りかかり、月明かりを見ながら酒を飲む。

「月見酒なんて、いつ以来だろ……」

「飲める時に飲んだ方がいい……が、珍しいと俺も思ったよ。で、それが原因の話か?」

さすが、絡めてくるね。

「うん……なんかさ、目が覚めてから、どうにも腹が減らないし、喉も渇かないんだ」

「…………なんだって?」

華佗が神妙な顔つきになる。

「俺の身体は、まぁ俺の身体だからね。色々あるのは分かるんだけど……少なくとも劣化加速を使う前は、そんなことはなかった。喪失感で痛手を幾ら負っていても、腹は減ったし喉は渇いたよ」

「だが、今はそれがないのか」

「うん……代わりに、ずっと頭の中で変な鈍痛がある」

「それが、さっき言っていたことなんだな」

手元の茶碗に入った、月を水面に映し出している酒。

それを飲むが……喉を通った感触が薄い。

「今再確認しているけれど、感触が変かな。薄いって言うか……」

「鈍くなっているんだろうな。少し、見るぞ」

「うん」

気膜をまとわずに、華佗が俺の額や喉、腹に手を当てる。

「…………ふむ」

「分かりそう?」

「……そう、だな」

分かるという意味合いの言葉を出しながらも、華佗の表情は暗いものだった。

「分かるけど、治せない感じ?」

「治せないというよりは、劣化したんだよ。文字通りな」

「劣化?」

どういうこと?

「劣化加速というのは、徐々に性能が劣化していくから……そういう意味合いもあるが、副作用としては大体の人間が使った後は死ぬ」

「だろうねぇ」

生き残ったのは奇跡に近い。朱里のサポートがなければ、俺は多分もうこの世に居なかっただろうし。

「だが、生き残った場合。その上で日常生活が出来るようになるまで回復する見込みってのは殆どないんだが……稀に、死なずに回復する奴もいる。それだけの回復力と対応力が身体に備わっているということだな」

「まさに、俺みたいな奴か」

華佗が前に言っていたな。未来の人間は病魔に強いって。

「前例はどこにでも必ずあるものだよ。だけど……さっきも言ったが、劣化したんだ」

「劣化…………ん?」

待てよ。

使った薬が最初からすごいて、徐々に効果が下がっていく……だから劣化加速。俺が見た書にはそう書かれていたが。

「効果が下がるから、劣化…………って意味じゃない?」

「そういう風に見えるから、そう記述されていることが多いだけで。実際は、使用者の身体そのものが劣化しているんだよ。だから死ぬ」

「……そうか。万全な状態で爆発的な力を使って、身体はすぐに悲鳴を上げる。でもそれでも使い続けていたら当然疲れるし、身体自体にガタが来る」

「亀裂が入った身体だが、薬の効果は顕在だ。どんどん動かなくなっていって……その薬が抜けたとしても、後遺症は間違いなく残る。亀裂自体は入ってしまったんだからな」

「それが……」

「そうだな。空腹を感じない、喉が渇かない……人として大事な食欲というものが壊れたんだろう。頭が鈍痛をずっと覚えているというのは、なんとかして戻そうと頑張っているのかもしれないが……」

華佗が申し訳なさそうに目を逸らす。

「あー……もしかして、戻らない感じ?」

「だから、使って欲しくなかったし、俺が居ない状況ではやってほしくなかったんだ。一刀がどうこうじゃなくて、身体そのものの力が劣化したんだ。まともな状態から、そうじゃない状態が普通だって……階級が落ちた、と言えば分かるか?」

「うん、分かる」

レベルダウンしたってことだな。

ゲームだと、最初のレベルは1だ。だけど、俺はもうそのレベル1すらない身体なんだろう。

そしてそれがそのゲームの仕様で、一度やったら元には戻りません。戻せません。ごめんなさいってことね。

これは……まずいなぁ。

旨味がない酒を飲み干して、頭を抱える。

「…………うわー、これはやらかしたかなぁ」

「俺達の目的を考えると、かなりの痛手かもしれないな」

「うん……」

いや、かなりどころじゃないかもしれない。



俺が見据えている未来と……その時の、そこからの華佗の行く末を考えると……。



「華佗」

「分かっている。なんとかしよう。だが、知識不足は否めないし……喪失感のこともある」

「そだね。面倒かもしれないけど、朱里に協力を頼もう。劣化加速についての知識を思いっきり調べてもらって……どこかに治療法があるかもしれない」

「あぁ、それは助かる。あまり医療の面で他の奴に頼りたくはないが……そうも言ってはいられないからな」

「うん……って、そうだ。その朱里だけど」

あの子はあの子で、問題があったな。

「どうかしたのか?」

「記憶がなくなるってこと、あり得るかな? それも、一部を残して」

あの時の、牢屋での会話。気になっていたんだ。

「…………詳しく聞かせてくれ」

「いやさ。朱里は俺のことを調べてくれていた。それは華佗も知っているよね」

「あぁ」

「それで、仙人に目星をつけてさ。劣化加速のことも知っていたんだ。だから対処法も分かっていたし、そのおかげで俺は生き残った。でも、その劣化加速のことが載っていた書のこと……朱里はそれ以外のことを、全て忘れているんだよ」

「昔読んだから、とかじゃないみたいだな」

「あの諸葛孔明だ。さすがにないと思う……それに朱里は、今まで読んだ本の内容。その全てのことを覚えているって言ってた。多分それも、嘘じゃない」

「そうか……だが、記憶の改竄か」

一部だけ残して一部だけ消えたとなれば、確かに改竄だな。

華佗は椀の中に入った酒を回しながら、

「普通ならば、出来ないな。それこそ、死んでいたとかでもない限り」

「死んでいた? どういう意味?」

「死んでいた人間に本を読ませたところで、意味なんてないだろう」

「そんなの、当たり前じゃん……」

そういうことを言っている訳じゃないんだろうけど……どういう意味だろう?

「記憶をいじるっていうのは、俺にも無理だ。だとするなら、その本を読む前に何かをされていたか、本を読んでいる時に何かをされたか。基本的には、このどちらかだろう」

「読んだ後に何かをされたって可能性はない?」

「それこそ、そういうことが出来る奴らかもしれないが……だが、出来るというのなら、俺や一刀がとっくにされているんじゃないか?」

「あー……」

腑に落ちる物言いだ。

「読む前に、その本を読んだら死ぬように操作されていたのか、読んでいる時に劣化加速以外の場所を読んだら死ぬようになっていたのか」

「死ぬってそういうことね」

文字通りの死じゃないのか。

操られていた……という可能性ね。口にはしにくいな。

「だが、妨害工作であることに変わりはない。それだけ相手は、諸葛亮を危険視しているってことになる」

「関羽もじゃない? 例の部屋で襲われたってアレ……多分、マジだよ」

「一刀に襲われた……か。だが、三姉妹の時はそういう意味じゃなかったんだろう?」

「多分ね。関羽が襲われたのは、蜀から離したくなかったから。三姉妹が俺じゃない俺と会っていたっていう発言は…………」

「助けを求めて――辺りが、妥当かな?」

「全く同じことを考えていたよ」

「そうだな。そう考えるなら……やはり、あの二人を蜀から移動して欲しくはなかったんだろう」

「うん……俺の中に、そういう打算はなかったし。華佗が居れば満足していた部分があったのも事実だからね」

「ここまで食い違いがあったのは、相手も誤算だったはずだ。妨害が杜撰で分かりやすい」

「目に見えるやり方だよね……怖いし、痛いものばかりだ。でもそういったやり方をしてきたってことは、そういうやり方じゃないと妨害出来ないのか……」

「もしくは、誰かがそういうやり方しかさせないように企てたのか」

「…………後者、かな」

「同意だな」

少し、冷たい風が吹く。寒いわけじゃないが、長居していると身体は冷えそうだ。

「華佗も、少し注意していてくれ。朱里と関羽もそうだが……風や地和も。彼女達の身体に、いつ何が起こるか分からないから」

「出来る限りはやっておこう。都合良く死なれると……厄介極まりないからな」

「うん……ほんとにね」

操られる可能性があるってことだ。

俺が見ている範囲でそれが行なわれた訳じゃないし、そんなものも可能性に過ぎないんだが……。

「……大体、このぐらいかな?」

「そうだな。隠れて話す内容は、こんなものだろう」

華佗も酒を煽るように飲む。

と、いうところで。



コンコン――と、扉が叩かれる。



「……お話は、終わりましたか?」

「関羽か。いつから?」

扉越しに、関羽の熱が伝わってくる。丁度、俺と背中合わせになっている感じか。

「今です。あまり納得はいきませんが……お話の内容は聞いていません。我々には話せないから、離れて話していたのでしょうし……」

そういうところは徹底している。多分、話し声がする程度の場所で様子を見ていて、その会話が止まったから近付いてきたんだろうな。

「悪いな。今戻るよ」

「そうしてください。私はともかく……お二人がいないと、朱里が酷く心配します」

「二人じゃなくて、一刀が、だろ? 俺が居ても然程じゃないと思うが」

「…………結果が出る前に死なれて一番困るのは、華佗……お前だ。何を話していたのかは知らないが、無理はするな」

「忠告は聞いておくよ」

喧嘩腰だなぁ、二人とも。もう俺からは言わないけどさ。



さて……現状の確認は終わった。



涼州に入ったら……馬騰を殺して、華琳と再会。



不安だけど……嬉しくもあるし。どうしたもんかな。





続く


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